まあ、春だから、何か始めなきゃいけないわけでもないが。
だいたい、何でも、思いつきでやってきた人生なので、
急遽、こんなん、聴いてみることにした。たぶん、頭、使う

村上さんの小説は、世界各国で翻訳されているらしいが、
それを、読んで、
翻訳ものならではの、
村上小説の魅力を探して、驚いてみよう、
ということらしい。
ラジオテキストなんか、大学受験時の旺文社の講座以来だ。
しかも、英語は大嫌い。
話せないし、勿論、あんまり、読めない。
だいたい、単語も文法も、よくわからない。
なのに、何故に、やり始めるのか?
どんなに、翻訳されているのかなあって。たぶん、日本語と、全然、ニュアンスが違うんじゃないかと
予想をたてて、じゃ、なんで、
日本のみならず、世界の人たちに読まれてるのかなあ、って。
あるいは、世界中、みんな似たような村上ワールドにはまるのかしら、とも思う。
まあ、村上小説の真髄を探るわけではなく、
小説を媒体にした、世界人の文学観を垣間見る、という試みを、
NHKが、これやったら受けるだろうな、
と踏んで、
それにまんまと、乗せられようとしているだけだけど。
問題は、辞書が、無いことだ。
何年か前に院を卒業した際、
もう二度と英語はゴメンだ
と、
エクスワードを、三男にあげた。
だから、三省堂とかの紙の辞書しかないはず。
それも、本、積み重ねてある部屋のどっかから探しださねばならない。
英語で読む前に、
頭と部屋を、掃除しろ、ってこと。
追記
よおく、このテキストを舐めまわしてみると、
対訳と、わかりにくい単語訳が、
付いておった。
これで、部屋の掃除は、後回しだ。
再追記
さらに、よおく、見てみると、
紙のテキストはモノクロだけど、
表紙や、途中に掲載されている写真は、かなり、良い。
良い、というのは、マッチしているということ。読み手のイメージに。
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