人間は、2種類のカテゴリーに分けられる はめ に よく 合う。
「好きなものから、食べる 人」 と 「好きなものを最後に 食べる 人」
「1度に1人を 愛する 人」 と 「1度に複数 愛する 人」
「レタスが大好きな 人」 と 「死んでもレタスを 食べない 人」
カテゴリーに分けられて、自分がどっちかに、入っていると、
自分という人間を客観的に、すだれの隙間から、のぞいて見た気にもなる。
あるいは、自分を形作るジグソーパズルの、1ピースを、かちり と はめ込んだ瞬間にも、思える。
「怒る人」 と 「めったに怒らない人」
の、分け方があるならば、
私は、間違いなく、前者の中に、仕分けられる。
年齢を重ねるごとに、人間は、まるくなるもの、
と、世間では言われているが、
まるくなるのは、体だけで、
中身は、さほど 若いときと 変わらない。
人間は 歳を重ねたからといって、そうそう、良い方には 変わらないのだ。
怒りの対象は、その時代ごとに、変わった。
若いときは、権力に怒り、
子育て中は、子供や学校に 怒り、
介護になると、非介護人や病院や、行政に 怒った。
変わらず、怒りの対象になり続けているのは、夫である。
真っ当な理由をつけて、怒っているつもりだが、
大抵は、自己管理能力の低い私が、感情にまかせて、罵詈雑言を 浴びせる。
彼は、これに、30年も、耐えてきた。
けれど、
30年、怒り続ける ということは、
夫も、また、変わらない からである。
つまり、お互い、変わらない から、
死ぬまで、怒り続け、怒られ続けるのだ。
ただし、夫が、私を怒ることもある。
妙なことに、歳を重ねてからの方が、多くなっている。
他人から見ると、
「いい歳して」
なのだが、
怒るという行動は、結構なエネルギーが、要る。
だから、怒るたびに、夫も私も、元気なのだな
と、思ったりする。
世の中の、達観された中年夫婦とは、明らかに幼児化、逆行している我々であるが、
怒らなくなったら、
なんだか、
固まったコンクリートのようで、
ハンマーで叩いたら、
ゴロン と 割れそうな気がしてならない。
今日、行った加圧トレーニングのトレーナーが、教えてくれた。
「怒ると、基礎代謝が上がって、脂肪が燃焼しやすくなりますよ。」
ああ、それで、昨夜、
ゴルフの練習に行こうとした車中で、けんかになり、
練習場に着いた途端、
クラブを夫に向かって投げっ、
そのまま、歩いて、1時間かけて、
家に戻れたわけだ。
やけに、スタスタ 歩けたもんね。
もしかして、夫は、私の脂肪を燃焼させるために、
私を怒らせたの かも しれない。
夫 に 感謝
