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東北ボランティア「まごころマッサージ2001春 総括

最初は 誰も興味をもってくれなかった。

メールを送っても返信は少なかった。


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いま自分たちができることを 目的にむかって少しずつ

やっていった。


そうこうしているうちに 仲間が増えた。


チャリティの場所を貸してくれる人がいた。


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お金を募金してくれる人がいた。


最初のミーティングは2人だけだった。


次のミーティングは4人だけだった。


それでも いま自分たちがやれることを地道にやっていった。


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そして 出発までには たくさんの物資を集めることができた。

たくさんの活動資金を提供してもらえた。

たくさんの応援をしてもらえた。


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「きみはこれから先、いくつのありがとうを言うことができるだろう。

きみはこの先、いくつのありがとうを言ってもらえるだろう。」


仙台、石巻、東松島、塩釜、牡鹿半島、山形、福島と移動して活動した。


どの場所にも 「笑顔」、「元気」があって、それをもらえたことに「感謝」した。


おばあちゃんから折り紙を教えてもらえたし、子供たちの元気さに手をやいたりもした。



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いろいろな人たちと関わって、「協力」しあって「笑顔」になれたと思えます。


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「心からの笑顔」


整体でいろんな仮設住宅や集会場をまわって

逆にいろいろもらってしまいました。


手作りの現地の食材を使った食べものや

いろんなものを。


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そのすべては協力してもらった人、手伝ってもらえた人のおかげです。


ありがとう!


写真の中の笑顔はあなたのおかげです。



運転だけは一週間で1300キロくらい運転したので、さすがに疲れた。


次回があるなら、運転だけでもいいから 誰かボランティアにきて欲しい。



いろいろ楽しいこともきつかったこともありましたが、まとまった言葉をいうなら


「楽しすぎた東北!」


夜の気温1℃の中、野宿した変態整体師


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夜はアルコール抜きの日がほぼなかった毎日


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旅館が見つからないので仮設住宅に泊めてもらえたこと


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東京とは違った商品いっぱいの現地のスーパー


施術後に何度もありがとうと言ってもらえたこと


何を食べても美味しく感じたこと


ホテル、旅館探しで苦労した石巻と福島


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テンションがあがった山形の町


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天使みたいに可愛い子供と「また来てね」と指切りしたこと



地震と津波の爪痕は まだまだ残っていますが、東北には「元気」と「笑顔」があふれています。



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そして マッサージの需要、要望も多いし


その他のたくさんの人の力や手助けがまだまだ必要でした。


海外や他の地に観光することを否定するわけではないけど、東北に旅行することも選択にいれてもいいのでは、と思う。


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今回のボランティアは初めて被災地に行くメンバーばかりでしたが、ここからまた いろいろと広がっていき、続いていったらいいなと思います。


最後は ハチドリのひとしずく のお話でもどうぞ・・・