線維筋痛症とともに:*≪夢の掛け橋≫*:*~愛に包まれて~*: -145ページ目

線維筋痛症とともに:*≪夢の掛け橋≫*:*~愛に包まれて~*:

認知症(DLB)の母を介護していたら、ある日突然、風邪から線維筋痛症(FMS)になったゃった。私は、医療難民で寝たきりに…さて、どうなるの?!









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「空が綺麗ね。」キラキラと母がいう。





認知機能は衰えて来ても、感性の部分は健在で、なんだか心救われる。合格






迎えに行けば、「良かった。迎えに来てくれてありがとう。」ラブラブ




夜間トイレに介助してる時、毎回「お世話してくれてありがとう。手がかかってごめんね。」あせる




「今日のご飯は、何を食べさせてくれるの?」楽しみにして、料理する姿をずっと目目で見て追っている。




幼子のように後をあし追いかけては、私の姿を探してる。




「ごめんなさい。私トイレだよ!ここにいるよ!」f^_^;






担当医の先生から、ひらめき電球「姿が見えないと不安になるので、いつも視界が入る所にいて下さい。」ってアドバイスを受けました。





なるほど、そうなのか!
だから、いつも後を追いかけて来ていたんだなぁ。とわかりました。f^_^;





安心して過ごせるように気をつけなきゃ。





もう昔の頃の母の面影が、ほとんどないくらい痩せこけてしまった。あせる





終焉の時が、迫って来ているよう。







ブーケ2母を看取るまでは、私は死ねない。何としてでも生きよう。アップブーケ2





って、寝たきりで、寝返りも息も思うように出来ないながら深く心に誓った。





そんな願いキラキラを私の身体は聴き入れてくれたみたいに、リハビリを重ねていくうちに緩やかに動けるように快復して来た。キラキラ





痛くてしょうがなくとも、母の手を引き出来る限り介護して来た。





何をやっても痛くて泣きながら着替えをしたり





シャワー介助したり、入浴介助したり





料理をしたいけど、包丁を持ったまま材料を切っただけで痛くて泣いて寝込んでいた日々が懐かしい。





母が行きたい所へは、何処にでも連れて行き。
認知症なのだが、デパートでもショッピングモールでも、所はばからず連れて行った。




外食も希望したら連れて行く。




見るからに認知症とわかっても、世間は寛容で道を開けてくれたり、譲ってくれたり気さくに話しかけてくれたりして優しくあたたかな心に触れ、ここの土地柄なのか?田舎の人情に救われた。





田舎に帰り、母が「お友達に会いたい。」音譜って言ったので、久しぶりに母のお友達に会いに行きました。





一目見ただけで安心したのか?会話は何も話せませんでした。




お友達は、「長生きしてね。アップルミントちゃんの心の支えになるんだから元気でいてね。」




ウルウル。涙スイッチONビックリマーク涙がこみ上げてきそう。あせる





母とお友達は、握手をして再会を喜びました。




母は後になって「お友達に会えて良かった。」と話してくれたので連れて行って良かった。合格と思いました。





施設のスタッフの方が、「どんなに病で、あろうともお母さんを看るのよね。看たいのよね。看てあげるのよね。ご本人は、やっぱり家がいいですものね。」 って声をかけられました。








ある日、親戚に言われたの
「いい加減に施設に預けたら、親離れすれば、身体も身体なんだから!」




(u_u)。。。





私を思いやっての言葉なのかもしれない。





でも、何だか複雑な想い。





どう受け止めれば良いのか?理解に苦しむなぁ。





いろんな意見、いろんな言葉を聞くたびに私は自然な流れで生活しているつもりなのだが。。。




どうなんだろう?





「家に帰りたい」という母の願いを叶えて可能な限り母を看たい。と看ていることは人の目には、どの様に見えているのだろうか?





本人の想いに、私は答えているだけ。。。





ラブラブありがとうラブラブって本人は喜んでいる。





ただそれだけ。





最近、何だかいろんな場面で涙スイッチが入ってしまい。涙腺が緩んだのか?





涙が出そう。





どうしちゃったのかな?





私とて、さすがに寝たきりの時は、母を看ることは出来ませんでした。今は可能な限り看ているだけ。






命にも限りがある。





生きている限り、出来るだけのことを出来ることに感謝しながら生きて行く。





悔いのない人生を生きて行きたいと思うのです。





生きたいように生きていていいのかな?






一度きりの人生。






悔いのない人生を生きて行きたいと思います。





人それぞれいろんな生き方があっていいと思うのです。