振返れば…
今の地元の主治医の初めての診察での説明は、「仕事をすることは、諦めなさい。」でした。
おととしの梅雨でした。
諦めない私。。。
地をはえず
医療にも救われず…
ひたすら我流のリハビリを積み重ねて…。
やっとの思いで、寝たきりから自力で立ち上がり、歩けるようになって直ぐに受診して、この病院に行くことが出来るようになったのです。
復帰に向けて着々と、計算してリハビリする私に…
「自分の病気は、何なんだー」"O(`ヘ´#)"O
何の前置きもなく、休んで横になっている待機処置ベットカーテンを勢いよく開けて怒鳴りましたね。
私は、忘れない。
意味がわからず、驚いてあっけにとられていたら…
もう一度、同じ言葉を発して怒鳴りました。
その当時は、生きているのさえ必死でありながら、激痛をこらえてひたすら努力していたのです。
先生のその一言で、夢や希望を踏みにじられた思いで一杯でした。
どんなに痛く苦しくても、頑張っている患者を、怒鳴らないでほしい。
先生からみれば、病気のことをわかっていない、仕事を諦めるように伝えたのに医師の言うことに従わない我が儘な患者としか思っていなかったのでしょう。
今の私の快復は、自力リハビリなしでは成し得なかったことでしょう。
なかなかよくならない患者さまがいると伺いました。
先生は、どんな言葉かけをされているのでしょう?
最初から諦めさせていませんか?
私たちは、痛いからといって、同情して欲しいわけではない。
甘えているわけでもない。
我が儘を、言っているわけでもない。
慰めて欲しいわけでもない。
ただ単に痛みを何とかしたい。
人が当たり前にできていることが出来なくなっている。
不自由な上に痛みをともなう苦痛に充ち満ちた生活に辟易しているのです。
少しでも良くなって、改善したい。。
痛みによって奪われた生活の機能を取り戻したいだけです。
そのためには、単純に、純粋に【痛みの緩和】を、求めているだけ。
先生は、なかなかよくならないことを指摘されるのを避けるために諦めろ!って言うのでしょうか…?
それは、先生の事故防衛。
何の試みも、努力もしないまま、最初から諦めさせてしまってよいのでしょうか?
今一度、考え直して欲しい。
諦めなさい。と安易に発言してよいのか?悪いのか?
諦めることが、どういう意味をもつのか…?
今一度、考え直してほしいですね、
《線維筋痛症の私たちに、対応するとき気をつけてほしいこと。》
激情的な感情で発言しないでほしい。
強烈な痛みを常時体験していると、頭が麻痺したみたいに頭がまわらないことが多いです。
理論的にわかりやすく説明して下さいね。
先生によっては、字や図を描きながら説明して、その用紙を渡して下さいます。
診察が、終わっても読み返すことが出来て凄く助かります。
何の説明もなく、怒鳴る。
怒鳴られた側は、傷つきます。
怒りをぶつけると会話になりません。
一方的なやりとりで、相互理解は得られません。
言葉によって傷つけられた代償は、不信感と痛みの増悪と不眠症でした。
思い通りに治療したいだけなら医者のエゴ
良くなって欲しいから、思いやって怒鳴られたんだと思えば、有り難いことですね。
一方的なやりとりでは、医師の真意は伝わりません。
忙しくて…イライラしているのはわかりますが、よい治療がなされるためには

ぜひぜひ、アサーショナルなやり取りを、お願いしたい。
線維筋痛症の私たちを診療している全ての医療関係者への切なるお願いです。
私を怒鳴った先生へ
怒鳴って感情をぶつけられても、受け止められるほどのエネルギーは、残念ながら持ちあわせていません。
激しい痛みによって心身のエネルギーを奪われてしまいきっているからです。
先生が怒鳴ったのは、きっと【線維筋痛症を治したい熱意】が怒りに変わって表現されたのだと、私は勝手に解釈してしまいましたが…。
先生の熱意は、怒鳴ることだけでは上手く伝わりませんよー。
ねぇ!先生…話が出来るようになってほしい。って言われましたが…話が出来なかったのは、先生が怒鳴ったからですよ!(*^_^*)b
まだ気付いていない☆
この記事読んでくれているといいな。
