大葉とシソの違いとか、おかかとかつおぶしの違いとか、自分の中で解決できない違い系を探していた時に、妻が体調不良を訴えてきた。




体調が不良すぎて、愛娘の面倒を見る事が少ししんどいという事だった。

我が家では、子どもが生れてからこれまでの間、妻がすこぶる元気だったのでこういう事態に陥った事がない。

仕事らしい仕事をしていないとはいえ、私は仕事に行かなくてはいけない。働くお父さんなのだ。


どうにか私が仕事へ行っている間だけ、子どもの面倒を見る負担を軽減できる方法はないかと思っていたら、なんとプロが子どもの面倒を見てくれるという「一時保育」というシステムがある事を知った。


この一時保育というシステムは2時間でも朝から夜7時まででも、1日単位で私立、公立の保育園にて、保育士さんが子どもの面倒を見てくれるという、働くお父さんにとっても、体調不良のお母さんにとっても、優しいシステムなのだ。



そして働くお父さんにとっては、保育士さんに出会えるという興味津々システムでもあるのだ。




愛娘は、未だかつて親元から離れた事がない事から妻は不安がり、預ける事へやや難色を示していた。

しかし、私の中では預ける不安よりも保育士さんへの興味が若干上回っていたので、このシステムの利用を妻にすすめた。


妻を説得するにあたっての理由が働くお父さんの保育士さんへの興味では、余計に体調を崩してしまう恐れがある為「多くの子ども達と触れ、団体活動初参加への良い機会」と「妻の体が心配」という、子どもの教育と妻への愛情との2枚看板を理由としてみた。




そして、愛娘は初めての保育園へ行ったのだが、まだお喋りがしっかりできない為に、保育園の感想は本人から聞く事はできない。私が感じる範囲では楽しかったのと、少し寂しかったのと半分半分ではないかと推測している。


お喋りがしっかりできる働くお父さんの感想は、保育士さんってみんな優しい人に思えてしまうのはなぜ?である。




っで、保育園と保育所は違うの?











「人は深い悲しみを知っていれば、知っている程、他人に優しくなれるんじゃないかな」って、遠くを見つめて言ったら、「それってどっかで聞いた事あるフレーズだね。」って言われたとか、


料理屋さんで「このヒラメ、ちょっと鮮度が悪いね」って大将に言ったら、「お客さん、それっ、鯛なんですけど・・・ガーン」って言われたとか、恥ずかしい思いをしたランキングを自分で決めていた時に、妻から「1万円のカステラが食べたい」との申請があった。




1万円のカステラ?


妻が言うには、銀座文明堂という所に1本1万円するカステラがあるらしく、死ぬまでに一度はそのカステラを食べてみたいとの事だった。


死ぬまでに一度はと言われて、本当に死なれてしまっては「あの時にカステラを食べさせてあげればよかったしょぼん」との後悔が私に残るのが嫌なので、お取り寄せをする事にした。




ちなみに私は、今までの長いようで短いようなよくわからない人生の中で、おそらく3回以上カステラという物を口にした事がないと思う。


そもそも「カステラ食べてぇ~」という衝動に駆られた事がないので、自らお金を出して購入した経験がない。


想像するにカステラを食べるシチュエーションは、子どもが親戚の家に遊びに行き「まぁ~大きくなったわねぇ~カステラでも食べなさい」的な感じなので、大人になるとカステラがアルコール類へと変貌する為、食べたのも遠い昔の記憶だ。




注文してから数日後に、宅配便でそのカステラは届けられた。




妻とふたりで宅配便の袋を開けてみると、そこからはおそらくカステラが入っているであろう桐の箱が出てきた。木の入れ物が“桐”であるかどうかは定かではないのだが、その圧倒的な「高級ですよ。どっからでもかかってきなさい」感から、桐の箱だと勝手に決め付けても良しとされる風貌だった。




そしてカステラ様を真ん中にしての記念撮影も済ませ、いよいよ試食の時である。べつに本食いでも構わないのだが、そこは小市民の勿体ない感からくる、ちょっと試しに食べてみようの時間なので、試食という言葉が適切なのだ。




そのお味といえばだが・・・・


「マズくはない」であった。




ただ、これを世の貴婦人達はちょっとしたお茶うけに「オホホホホっ」と、笑いながら食しているのだなぁ~と想像したら、ちょっとしたセレブ感が味わえた。




もちろんホントのセレブは、カステラを中心にして記念撮影などを行う事は、死ぬまでに一度もないと思われるが。。。。