【はじめに】嘔吐恐怖症やパニック障害の話を綴ります。直接的な表現はしてませんが恐怖症の方はその漢字を見るのも苦手だと思うので◯◯恐怖症と伏せてますが、きっと読まないほうが安全かもです。



小学3年生くらいの頃、ひとりバスに乗り図書館に返却に行くという、当時のわたしにとって大きなミッション。


「間違えて違うバスに乗ったらどうしよう」

「停留所を間違えたらどうしよう」

「酔ったらどうしよう」(過去に車酔い皆無なのに)

と訴え、母と一緒に行ってほしかった。

けれど母は酷い乗り物酔い体質。

「大 丈 夫 だ か ら!!」

「アンタはまたそうやって勝手に不安がるんだから」

両親が怖かったのもあって駄々をこねるわけにもいかず、しぶしぶバス停まで歩く。

途中、何度もえずく。

いつも緊張するとこんな感じ。


遠足の前夜から緊張し始め、

当日の朝は緊張MAXで朝食がほとんど食べられず。

決して乗り物酔いをすることはない。むしろ乗り物に乗ってしまえば何てことなく過ごせてしまう。


大人になってから新幹線で眠ってしまいハッと目覚めると、昼に食事したものの後味が消えてなくて猛烈に気持ち悪くなり

「どうしよう、まだ全然到着しないのに」

「ここで◯◯してしまったらどうしよう、迷惑かけてしまう」

と思うと動悸と恐怖が押し寄せ震えてくる(時間が解決して治まる)。


自分で運転していても、慣れない道を走っていると、やはり恐怖心がやって来て、常に持ち歩いていた市販のチュアブル錠の胃薬で気分を紛らわせていました。ミント味の胃薬ってだけで『◯◯してしまうかも?』という恐怖を消そうと必死でした。


何度も何個もチュアブル胃薬を口に放り込んでいたので、見かねた当時の彼が「それは身体に良くないよ」と、止めようとしました。

なにを言ってるんだよ、◯◯したら大変じゃん?と思ったんですが、いつの間にか胃薬がラムネ菓子やフリスクの類に変わっていきました。


それから数年後、その彼は夫となったのですが、夫の友人に「◯◯が怖いってやつがいる」と聞き、

わたしと同じだ!!!他にもいるんだ!!と驚いたのです。

まだ◯◯恐怖症やパニック障害があまり知られていない時代でした。


「小さい頃からいつもそうだったよね」

「気にしすぎ」

母に笑われていたけど、もともとの気質だったのか。


そして、現在はパニック障害や◯◯恐怖症は本当に時々しか現れないのですが、パニックになりそうな時のためにフリスクやミンティアを常に持ち歩いています。

なんとなく、スースーさせておけば気晴らしになるし「コレで大丈夫」と暗示にかけているというか。


最近知ったのですが、わたしと同様の理由でフリスク類を常備されてる人はいるということ。わたしはそれについて受診はしたことはなくて(相談したかったけど行かず終いだった)頓服は持ってなかった。フリスク類でどうにかなるなら軽いほうなのだろうか。


自分が親になると冬が断然嫌いになりました。

同じく小3の頃、風邪で◯◯した時に母に怒られた(?)記憶があります。

きっとそれも要因なはず。

それ以来、◯◯していないのです。

つわりの時もどんなに辛くても一度もなかった。

わが子が幼少期に毎年胃腸炎に罹患して、移ったら終わりだ、、と怯えながらも奇跡的に移らなかった。何故か。


子どもの頃は刺身も食べていましたが今では生ものも食べないようにしています。生牡蠣はもともと食べたいと思ったことはないのです。好物な方からしたら当たってでも食べたいものじゃないですか。

人生損してる感はありますよー!

お酒も飲まないし。

ただ恐怖には勝てないので、大好物でもないので食べなくても平気なのです。


なんとなく一生付き合ってく病だと思ってます。