あとがき ― 三丁目文庫を探して

この話の舞台になった「三丁目文庫」は、実は私の通勤路にあった小さな古本屋をモデルにしている。
三年ほど前、まだ看板も色褪せていなかった頃、入口に見知らぬ傘が立てかけられているのを何度か見たことがある。持ち主は一度も見かけなかった。

当時はただの忘れ物だと思っていた。
だが、不思議なことに、雨の日以外でもその傘は現れたり消えたりしていたのだ。ある朝は真新しく、別の日は骨が錆びて曲がっていた。

この物語は、その小さな違和感から生まれた。
現実ではもちろん事件など起きなかったが、私は今も時々、その店の前を通る。シャッターはもう下りたままだ。

ただ、ある日ふと気づいた。
閉店した店の前に、ひとり分の濡れた足跡が伸びていて、その先に小さな水たまりがあった。
水の中に、傘の柄のような影が揺れていた――。