事件発覚からこれは「いじめ」を超えた殺人事件にも等しいとんでもないことだとわかっていながら、当初第三者委員会はいじめと死亡との因果関係は不明というふざけた結論になった。その第三者委員会の人選がそもそもおかしかった。加害者側に忖度した人選だった。

遺族が納得いかず反発したからこそ再調査委員会を立ち上がりようやく結果を出した。

遺族が反発しなけれ死亡との因果関係は不明のままこの事件は終わっていたと考えると、当初の市長や教育委員会、学校関係者は相当おかしなヤツばっかりだったと思う。

まあ、とにかく彼女の自殺が「いじめ」が原因とはっきりしたのだから、その加害者のガキどもをこれからどうするか。それがないと意味がない。

いじめが命を奪ったと結論付けられた以上、いじめの加害者が何のおとがめなしじゃすまん。

人の命を奪ったのだから、加害者も自分の将来を自由に選択できるなんて思うなよ。

この結果が出ても、のうのうとニタニタしながら生きていけるわけがないんだ。

自分たちの罪を受け止め、一生人を殺したという後ろめたさと後悔で絶望の人生を送ってもらわないとならん。

それが人を殺しても生きている人間の運命だ。

まして、この先結婚して、人の親になれる資格なんてあるわけがない。

人並みの幸せは一生手に入らない人生だとその若さで思い知ることだ。人殺しなんだから。

一生血反吐を吐くような生き地獄を味わって自分の罪を認識してもらうしかない。

当時の担任や教頭も同じだな。

大津の中2男子の自殺事件も全く同じだぞ。

世の中は忘れない。