おはようございます☀


今朝、熱は下がりました

最高、39.1℃まで上がり

熱くて大汗かきました

今朝の検査でも、陰性です

やっぱり、ドッッッっっと疲れが出たのかしら




月曜日から、義母のショートスティのロングバージョン利用が始まります



ケアマネさんと

前前から話してはいたけれど

突然決めました


なんだか、色々吹っ切れた感じ



酒カスには、事後報告です

結構大事なことですが

あいつには、興味の無いことなので

問題は無いです



話した時の反応は

「そうなんだ」だけ。私が熱を出したのが

「肩の荷がおりたんだと思う」と話したら


「そういうのってあるよな」

だって

「私がどれだけ重荷に感じていたかってことだよ💢」って言っても


「はいはい」



おら〜

「はい」は、1回じゃ〜



本当にカスだわ





思えば、26年と4ヶ月

あの頃が懐かしいなぁ



はじめは我慢して言い返さなかったけれど

子供が生まれてからは

私も反撃に出た




義母はとにかく朝起きるのが早くて

しかも要領悪くて、作業が遅くて


早起き合戦みたいになって

朝から台所をどっちが使うかで揉めていたな


義母は、話し合いとか、新しいことを取り入れるのが苦手で


時間の割り振りを提案しても受け入れず

「早く起きればいいじゃないのよ」

と言い放ったので


4時に起きて、7時頃まで台所を独占してやったこともあった照れ



仕事を始め、土日に遅くまで寝ていると

「朝早く起きないのは馬鹿だ」

と言われた


私は負けじと

「疲れているので馬鹿でもいいからゆっくりしたいです」と言った


とにかく私のすること成すこと気に入らないみたいで

よく分からない理屈をぶつけてきた


その度に、しっかりと反論していた

そして「スゴイ女だ」と言われていた


「ええ、お陰様で」と腰に手を当て仁王立ちした



子どもたちが中1、小3(多分)に上がる直前に

義父が亡くなった


義父は、酒カスの父親らしく

自分の気に入らないことはやらず

文句ばかり言っている人だった

半身不随で、介助が必要な状態だった


だけど義母は

文句言わず、義父のことを

献身的に介護した


いつも、命令口調で話す義父に

とても尽くしていた


義父が亡くなって

司令塔がいなくなり、義母は自分のやることが分からなくなった


そこから、痴呆がどんどん進んだ


義父が入院中に、介護申請をした

義父が戻ってきても

自宅介護は難しい。という、根拠をつけたかったのだ


その時、ついでに義母も申請してみた


義父…要介護4

義母…要介護1


の結果



痴呆が結構来てるわよと…


天然が含まれていたから

いつが界なのか全く分からない



そこから、家計は私が握ることにしたが

酒カスは、給料を提示せず

年金で賄えるだろと言ってきた


俺は、老後の貯金をするからと言っていた


義母の口座からお金を引き出そうと

暗証番号を教えてもらった


…違います。と、カードが使えなくなった

もう、既に2回間違えていた様子


銀行に話をして

カードを作り直すことにした


義母に、口座の印鑑を渡された

「この中のどれかよ」

数えたら11本ある


急いで銀行に行き、照合した


どれも違っていた…



印鑑変更の手続きからやり直しした




その間「私のカードはどこ?ママちゃちゃん盗んだでしょ」と、何度か言われた

どこから見つけたのか

銀行に電話して「嫁が盗んだ」と言って


何度かカードが止められた

その度に、私は仕事の合間に銀行に出向いた



これが一番印象に残っている出来事

思い出すことは、胸糞悪いことばかり



今でこそ、訳わからんチンで

ニコニコしているけど


昔の訳わからんチンなりに

言い合っていたころが懐かしい



要介護の認定を受けてからは

10年半、身体的介護はやることがはっきりしているけど

痴呆は、どう出るかわからない


時に

笑いに変えたり

しりとりしてみたり


最近は本当に笑えなくなった



ショートのロング

これが正しい判断なのかは分からない


自宅で一人でボーっとしているより

施設の方が、刺激もあって

プロの目もある


義母の為にもなるんだと

自分に言い聞かせて

月曜日は笑顔で見送ろうと思う👋