2003年はどうしても写したかったとある場所があって

それは現在大きなビルで遮られて、もう二度と見ることができまい

まあ、その写真はおいおい比較で出していきたいけれど

今日も何もしない・・いや

したいことは山ほどあったけど

義母の弁当の配達が絶対間に合わないというヘルプを受けて

高知市内の緊急ドライブをしていた

 

それで昼間が潰れて、後は見積書の作成とか

雑用で日が暮れた・・・

 

ではネタの無い今日も中国の旅上海

あれから23年が経ったけど

 

はじまりはじまり!

 

今回はモノクロとカラーを半々

食っていた飯はさすがにカラーでしょう?

鍋焼きラーメンみたいな

具材は牛筋だったかな、酒を飲まないのでビール代わりのコーラ

*コーラが常温なんです

 

これは小腹が空いたのでタコ焼き

このころからタコ焼きがブームになっていた様な気がする

日式(日本食?)という看板も普通に目に付いたね

 

ラーメンとシャオロンパオ

これは肉では無く、干した豆腐と書く、代用肉のようなもの?

カップヌードルの謎肉のような立ち位置?

このころこれで300円も出せばよかったね・・・

 

朝飯は屋台で新鮮な豆乳とパンみたいなもの

この豆乳はおいしかった

思わず飲み干すと、無料で注いでくれて、飲み干すとまたという感じ

もういいもういいと笑いながら断って

なんで、もっと飲め、うまいんだろうというやり取りを忘れない

*現在こういう個人の小さな屋台はすべて上海中心部は禁止された

江戸時代のそばやとか寿司屋がこんな感じだったんだろうか?

暖かな豆乳、腹持ちのいいパン?もう食べられないね・・・

 

定番のチャーハンとスープ(スープはおまけ)

200円もかからなかったはず

青梗菜チャーハン、もっとお金を使いたかったけれど腹いっぱいになるので

ここまでという変な飯代

 

でですね、このころからやっと中国東北部にあった日本式のカレーが出てきました

インドと今も戦争をしている国なのでインドの物は入ってこなかった

でも日本人がひろめた日本式カレー

*東北地方にはカレーの専門店がフランチャイズですでにあったけど・・・・

 あとカレー風味のビスケットみたいなものもこのころからですね

 

一人なので、は入れない火鍋

火鍋は四川省で食べてほしい・・・死ぬほど辛いぜ!

まあ最近の火鍋は辛くなく、とてもおいしくなってきましたね

このころの火鍋は観光地の接待料理みたいな気がしました

あ~それとこのネオン管、もうほぼ絶滅です

冷たい灯のLED、写真を写してもなんだか寒い夜にしかならないのよね~

 

上海と言わず中国で絶対目に入るマクドナルド

後はケンタッキー(チベットではほとんど商品が無かった)

これらはほとんど入ったことが無かったが2025年に初めて上海で食べて

そのうまさに感動した・・・・

2025年だと5‐600円で食べられたので、この頃食べておくべきだった

 

定宿だった「東亜飯店」ここは実は南京歩行路の西端

東京でいえば銀座のメインストリート延長上のホテル?

大阪でいえば道頓堀に面したホテル?

このあと、買収されて何も面白くないビジネスホテルになった

仕方がないのでこの東角のホテルに何度か投宿したが

そこも普通のビジネスになって面白くなくなって

今は少し離れた安宿がメイン

 

昔から此処に在る「ブラジャー」専門店

古今は日本語と同じ意味だけれど、地方から出てきた爺様たちが看板に張り付いていたのが良い思い出、今もありますがだいぶ縮小されていました

しかしここで30年以上店を出して、残っているのがすごい

最初を見てみたかったですね・・・

現在北朝鮮では女性の下着も配給で、選ぶことすらできないと聞きます

同じ共産圏ですが、まあ上海は特別な地域だと感じます

 

早朝の外灘

この爺様、ここから今度は南京歩行街で踊ってました

暇人です・・・

 

場所取りというか時間で演者が変わります

背景が見えにくいですが三本の高層ビルはまだ1本ですね

 

なぜか上ってしまう「金茂大廈」(ジンマオタワー)

47階までが企業の事務所でそこから上がホテル

ここのスイートは8万から30万円位

いっぺん泊ってやろうと思ったけれど、これは格安ツアーで

このホテルを指定しているツアーを探せば叶うと思う・・・

展望台から外を見ずに、ホテルの下を見ている

もし火事になったら、煙突ですね・・・

逃げられないほど高い

 

飯屋のアンちゃんと

おねいちゃんたち・・・

いっぱい写したけど割愛、この店も今はもう廃墟

立ち退きで新しいビルが建つ

名店では無かったが、そこに行けばいつも美味しいものが食べられた

路面店では無かったので、少し安くて

店の人たちとコミニケーションが取れた

写真も撮れた

 

若い兄ちゃんは半年で、ケツ割って田舎へ帰った

*半年後にまた行って尋ねた

でもそれがいまとなっては正解だったのかも

変な日本人が写したチェキは土産話になっていると思う

 

昔ね~上海で働いてたんだよ

その証拠がこのチェキだよ

 

今回の写真はフジのファインピックスで

チェキのフィルムを入れてプリンターになるカメラ

問題は電池

単三四本なので、リチウム電池を使い捨てていた

バブリーなカメラでした

 

そしてこの頃は大阪か松山か広島から行ってましたが

高松から上海便が出たので今はそれ一択

 

私は四国の一番田舎にいるけど

自分のしたいことに何の不自由もない

収入が少ないけれど支出も無い

*博打や浪費をこらえましょう

いま日中関係はかなりやばい感じだけれど

本当にやばいのは中国の経済

 

もうすぐ中国に日本から流れた高級なカメラ達が

日本へ戻ってきそう・・・

 

そんな気がします

 

ソニーやキヤノンが相次いで撤退していますが

上海にはソニーの直営路面店がまだありますし

カメラメーカーが並んでサービスデポを出してますね

まあ、K国も日本製品はボイコットできないし

やれるものならやってみなと思うのは

私だけでは無いでしょう・・・

 

まあ上海は良いところです