【石を操る筆力】
奥泉光氏の1994年芥川賞受賞作。
著者の、流行作家らしいお名前とはかけ離れた、鬼気迫るような作品。
きっかけは、同氏といとうせいこう氏との「文学漫談」なるものを読んだから。
「小説」に対する並々ならぬ理解者であるとわかり、遅ればせながら、初めて著者の作品を手にとった。
主人公の真瀬は戦時中、戦地でのある男の話により石というものに魅了される。
戦後には真っ当と思われる家庭生活を築きつつも、石蒐集の趣味に没頭することがきっかけで、家族が悲劇に見舞われていく。
息子たちは死に、妻は発狂してしまう。
現実世界の留まらぬ進行の中、戦時中での壮絶体験が度々追憶され、結末では各世界が交わるように描かれる。
真瀬の、石の魅力に囚われつつも、なんとか家族にも向き合おうとする男の心理には身悶えする。
ラストシーンはなかなか鮮烈だった。
こう書くと息がつまるお堅い作品に思われるかもしれないが、そうでもない。
確かに内容は救いようのないシリアスなものだが、硬派な言葉と柔らかい言葉で丁寧に編まれた文章はとても流麗で、読んでいてもどこか満たされたものを感じる。
筆力の強さだろうか。
石の細かい描写やラストなどの美しさに清涼な読後感に浸れるし、妻の発狂していく過程や息子の零落などの展開はかなりスピーディで、ドカドカと轟音がなっているような感覚に陥る。
戦時での体験に引き寄せられた、避けられなかった蟻地獄。
残酷な不条理として次々に訪れる悲惨なる運命。
この小説に描かれるこういったどうしようもないもの、その、石の魔力のようなものは、人生において身近なものに思える。
揺るがし難い文章の力で綴られた、素晴らしい作品だと思う。
一つ難点を挙げるなら、スピーディな展開はいいが、主人公の家族の顛末などはもう少し丁寧に書いてもいいのではないかと思った。
もう少しだけ厚みがあれば、より強固な作品になったと思う。
でも、またいつか読み返したいと思える名作だった。
奥泉さんの作品は他のものでは『我輩は猫である殺人事件』など、ユーモラスなものもあるので、実に読んでみたい。
