あの赤は頭の中ではそのとき見た赤よりも強くて大きい | 焼け野原みちよの「寄り道上等!」

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生き方模索中。自分捜索中。本音とネタの狭間で遊ぶ三十路のブログ。非モテも過ぎると笑えないが日々焼け野原っぷりをネタに消化して生きてる。でもおれ乙女やで☆





子供の頃に住んでた

アタシが産まれた家が

からくり屋敷みたいだった



いまはあの変な家が写真もなくて

記憶の中にしかなく

断片的にしか思い出せないでいる



子供の頃の記憶だから

廊下の幅も長さも

玄関の広さも

天井の高さも

やたらと大きかったとしか覚えていない



大きな変な模様の玄関を開けて

細長い廊下を歩いて台所

あたしの寝てた部屋にはもう使わなくなった籐のゆりかご

マットレスは白地に細かいイチゴ柄

右は両親の寝室

冬は寒くて一人で寝られなくて

よく二人の間に勝手に入って抱きついて眠った




左に左に行ってベランダ

ベランダをあけて、外にあった洗濯機と小さいほうの冷蔵庫

小さい冷蔵庫のタマゴポケットの中にはメロンの味の粗目がついたあんまり美味しくないゼリーのお菓子

お風呂の湯沸かし器と植木をすり抜けて猫を撫でながら屋根にのぼる木の階段

誰かが色を塗ったから、木の階段なのにグレー

雨ざらしで腐ってるから気をつけて



屋根に上ったら、古びて錆びたボロボロのテレビのアンテナがナナメに刺さってる

屋根の上に作りつけた洗濯を干す物干し

あたしの遊んでた滑り台とプラスチックのプール



ぼーっと空を眺めていたら

段々と日が落ちて空が赤く染まり始める



圧倒的な夕日が大きく大きく熱も色もあまりに強烈で

アタシは部屋に飛んでかえる



画板に画用紙を挟んで

バケツと絵の具と筆とパレットを持って

屋根の上に座り込んで

なんとか紙に夕日を描こうとするんだけど

1秒ごとに変化する色にも熱にも追いつけない




そのときは

自分の絵の才能のなさに

何だか涙がでてきて

どうしてもその夕日の圧倒的な力が思い出せるように

何かに書き留めておきたいって思ったけど

何年経ってもあの色と大きさと熱はあたしの頭の中にある。



あの時みた夕日とは違っていると思う。

あたしの感情が、思い出が加味された夕日。

それでも

お風呂の石のタイルがどんなだったか思い出すのと一緒で

ベランダの扉の曇りガラスの模様だとか

きょうだいの身長が刻まれた柱だとか

食器を入れていた棚の色だとか

飼ってた猫の瞳の色と一緒で

何にも見なくても思い出せるように

夕日を見て感じた自分の感情ごと夕日の赤を、大きさを思い出せる。




何度もリフォームして

そこに住まなくなって

人の手に渡り

いまではその場所に行くこともなくなったけど

あの夕日のことを思い出すと

家の中も外も感情も水が懇々と湧き出すみたいに溢れてくる



頭の中のものは誰にも盗まれない、なくならない。











「いつか無くなるものを求めちゃいかんのだよ。
無くなるものは、求めるためではなく、
そいつで遊ぶために、この世にあるんだからな」
(『セフティ・マッチの金の言葉』より)





私はこの先どれだけの「いつかなくなるもの」を手に入れて惜しみなく手放し

それで遊ぶことができるかが楽しみだ