3月も終わりました。
そして明日は、新しい年号の発表です。
昭和、平成、そして新しい年号
昭和は、幼少期何不自由なくすごしていました。カレーが嫌いでいつも私だけ違うおかずでした。
東京オリンピックを東洋の魔女
女子バレーボールが金。テレビで観戦していました。
大阪万博は、何回も父に連れて行って貰いましたが、あまり印象に残っておりません。
大学時代
下宿していたので凄く自由でした。朝晩関係なく、クラブの先輩後輩が来たり、同級生が来たり
汚い白衣をきて、実験に明け暮れて、暇になると近くの山に登りに行ったり、高校の時に知り合った文学青年。お互いに貧乏学生。
ジャズ喫茶にコーラー一杯で一日粘る。でも、世の中は、オイルショックで卒業するときは、就職難で私も就職できず、彼とも7年のお付き合いも終止符。
親元に帰ることになり~~
知り合いの紹介である大学の研究室で働く事になったが、~~
結局、結婚してその後は、子育てに専念。就職できなかったコンプレックスが、ず~~っと。
平成になると子育ても一段落すると、時間を持て余す。
社会にでようと思い職探し。
事務経験がない、簿記もない。
新聞のチラシで職さがし。
ある大手の営業所で運よく採用され営業事務に。
結構鍛えられたなあ。
でもなんか満足できずにいたところ、友人が社労士の受験勉強をしていることを知り、軽い気持ちで私も~~何年か経ってから、ある塾で行くことにしたのですが、仕事、家事に追われ、なかなか勉強の時間は、難しくなり、独学で何年。それがだめでしたね。
社一、労一の選択で上手くいかず
合格するまで長引きました。

そしてこれから、
念願の年金の仕事に関わるチャンスを頂き、やっと コンプレックスを解消できます。

ただ嬉しいともに不安も一杯あります。
仲間を探しながら、ゆっくり進んでいきたいと思っています。