日記というか、記憶です。

せっかくの経験なので、残しておきたくなりました。



もう一生見ることないだろうから見ておきなよ。 

と、そう言ってもらえたので

私は、

本物の舞妓さんの 舞を

5m以内の近さで 見ることができた。

さすが、

舞妓さんだけあって 肌が綺麗。

おしろい と 生肌 の 

境界線に 目がいってしまった。


20歳までしか 舞妓さんでは いられないそうなので、

さすが、 10代の女の子 なのかと。


なにか 不思議な感覚 に陥りましたね。


10代なので肌がきれいなのはあたりまえだけれども、

10代の女の子をそんなふうでみている大人たち、、、

しかも 京都から呼んだということで 相当な金額がかかっていたそうな。


一言で表すと、 正に  


     しなやか


           でした。


そして、なにか儚い感じがして。

どこか憂いを含んでいるような。

舞妓さんになる女の子って

なにか事情でもあったのかな、なんて考えてしまった。

それとも、なってからの方か?

私が親なら一度止めるな。



その夏、私は汚い世界の一端をみた気がした。



私がそんな場所に出くわすことができたのは、たまたまだった。



数年前に摘発された、某派遣会社の

派遣のアルバイトとしてきていたのだ。


一緒に派遣された女の子は2人とも綺麗な人だった。

一人は黒髪のギャルといった感じ、

一人は卵型の工藤静香


そういえば登録の際、写真を撮られた。

ある程度のレベルを要求されることもあるので、と。



その時、個人情報大丈夫かなと少し思ったけど、

かなりゆるい感じがしたので違法とかしてそうだなとも思った。



仕事は簡単なもので、受付で著名してもらうぐらい。


絨毯展示会の受付なんだが、

お得意の招待客のみが来るといった感じ。

そして、いたせりつくせり。

懐石風の食事も出るし、舞妓さん舞うし。


どうやら、展示だけなんかじゃなくて、即売もされているよう。

一つでなく、複数の企業が共同開催しているようで、空気も変だった。


またうちらの担当のおっちゃんが見るからに仕事できない感じで

へらへら笑うだけで、20くらい年下の上司にしかられっぱなし。

こっちがみてもイライラした。


他のスタッフのうちらの扱いも、冷ややかなもん。

このこらなに?みたいな。


顧客情報カードを整理していたときなんか、


なに?情報収集?


なって言ってきて。

静香さんはあいうえお順に並べていただけなのに。


そんな貴重な個人情報、派遣に預ける方が悪いんじゃないですか

管理がしっかりしてない証拠じゃないですか


そこまで人手が足りないのはなぜですか

そんなどうしようもない会社だからじゃないですか


必死で働いている姿はみえたけど、

みんな暗くて、イライラして


今思い起こしても、ドラマじゃないんだから、なんて思う。



そしてこの春から就職、、、、できるのかもいまだ不明な私。



















foodishにてきらきら星さんの書き込みを引用させていただきました。

http://www.

foodish.jp/bbs/?action_bbs_details=true&id=4933&uniqid=aec99d360f61bf54920cde126124857b1bf9e0a7535ca5e5338abf3d98b0cc9a


給食受託会社の献立作成は直営の栄養士が作成する献立と少し違いがあります。

一般的に旬の食材を使い、

ある程度の予算内で、

スタッフ人数に合った、

季節感があり

栄養バランスのとれた献立作成となるでしょう。


給食受託会社は

一カ月の売上、

利益、

労務費、

食材原価、

食数と発注数との差

などを考えて作成することが大事になります。

赤字になるわけにはいかないからです。


給食受託会社での献立作成は

原価率と献立の評価を

常に考え作成します。


原価率を優先すると

献立の評価は当然落ちることになります。

そうなると再度、

献立の評価を元の良い評価に戻すには

通常以上の食材や工夫を凝らしてやらないと改善できません。

けっきょく

必要以上の金額を使い経営が悪化します。

常に評価が高い献立では

原価率が高くなります。


この原価率と

献立や料理の評価のバランスを

常に考えて献立作成を行っていきます。


献立を作成する時に

一週間単位で原価率を合せるように作成します。


原価率の高い日、低い日を組み合わせます。

そのために原価が安く、

見た目も悪くなく、

美味しい献立を常に用意しておく必要があります。

例えば

ひき肉料理、

卵料理

豆腐料理、

野菜を多く使うメインの料理など

主菜で使う魚や肉の量一つとっても

10g違えば価格が違ってくることを認識しないといけませんよ。

例えば

フライや天ぷらなら魚は60gに、

塩焼きなら80gとか骨付きの魚が使えるなら

縮みが少なくなりますし、大きく感じます。

小鉢に入れる動物性食品の分量にも気を配ります。

果物もカットの仕方で価格が変わります。



献立作成には作成する順番があります。


朝食→昼食→夕食の順番では作成しません。


昼食の主菜→

夕食の主菜→

昼食の小鉢(汁物)→

夕食の小鉢(汁物)昼食の果物(色彩を補足)朝食の小鉢→

朝食の味噌汁→

朝食の漬け物(不足の色彩を補足)

昼食の献立が重要です。

昼食は職員や外来者の目にふれるからです。


また職員食やドクターが食べるところでは職員の評価も重要です。

食事の事で一番先にクレームが出るのは職員だからです。

もちろん入院患者様や地域を考えた献立であることが大事です。

給食受託会社にとって「献立は命です」

この献立で会社の評価が1日で変わりますよ。

献立を作成するあなたは会社を代表する顔でもあるわけですから。


追伸献立に入力する調味料や出汁の量は正確に書いてください。

その通り作れるように、味が作る人によって大きくぶれないためにも

マスコミ、情報を得る手段。

マスコミ業界、情報を伝える仕事。

目的は情報を伝えることである。


情報を伝えるために加工もする。

切り取ったり、飾ったり。


私が思うのは、情報って自分が得たい情報を自らが得ようとして得るべきだと思う。

そのために、マスコミが情報を加工するのには程度が重要であるはず。


自らが必要とする情報を得やすいように加工する必要はある。

しかし、このように伝えたいなどとゆう意志を持った加工はいらないんじゃないかと思う。


得たい情報を探すためにマスコミをツールとして活用するのは正しい情報の得方であると思う。

そうして得た情報に対しては責任を持ち、自らの意志を加えることができる。


別に得ようともせずに、得てしまった情報に対してヒトは、あまりにも無責任になる傾向があると思う。

そこに自らの主観はなく、伝えた側の意志のこめられた情報はやはり他人事なんじゃないか。


なぜ人は心から共感しなくなったのか。この意志のこめられた情報によるせいではないのか。

他人の意志がこめられた情報を得ることで自らが感じ取る必要がなくなったからではないのか。感じ取る必要がなければ、そこに主体的な意見など生み出されるはずもない。


つまり、加工のされた情報は感じ取るということを省略させたために分かりやすくなり、みな同じような意図された意見しか生み出されない。



ただし、意図せずとも未熟な加工によって操作されることもあるだろうけど。



ある人は国民はマスコミから馬鹿にされているんだと言っていた。

だから加工が必要と感じられているのだろう。






んー文章構成失敗。うまく表現できなかった。