私は公衆衛生の先生(某医師、兼大学教授)の影響を強く受けています。


健康に関する悩みというのは

私にも覚えがありますが、

一人で抱え込むことが多いです。


そこで、ネットを利用して

悩みを解決する方法を探そうとする方 (私も含め)

多くいるようです。


気持ち分かります。

けど、知識の薄い方にとって

それは、

すごく危険な行為

かもしれないです。


なぜなら、無責任な情報提供をする方が少なくないからです。


実際の状況がよく分からないネット上の情報交換では

専門家でも判断しかねることが多いはずです。


質問掲示板なんか見ると、

きっとこうですからこうした方がいいですよ!!なんて言われた人が

やってみます!ありがとうございます。

なんて会話、よくあるけど


ほんとこの人大丈夫だったのかななんて

私は恐くなるんですが


その後の事なんか、書いてある方が少ないから

2次災害みたいなことが起こりかねないですよね。



だからやっぱり専門家のところに行って、ちゃんと診断してもらうのが1番

なんですが


なにが問題ってそれが気軽でないことが問題なんですよね。

人は気軽に情報を得たい。

そう思っているからテレビとかネットとかで情報を得ること選んでしまいがち。


そうじゃなくて、

気軽に専門家に会いに行こうって思える環境を

私は作りたいなって密かに目論んでいます。



健康の不安を気軽に打ち明けることのできる存在。

その可能性が

管理栄養士にはあるんじゃないかと思っています。


管理栄養士の今の主な社会的な位置づけは

生活習慣病を減らして、医療費を減らす

ことだと思いますが、



生活習慣を変えてもらわなければ予防なんてできないんですよ。

生活習慣を変えるなんてこと

歳をとればとるほど、なかなかできることじゃないんですよ。


そこで管理栄養士がずかずかと、その人のプライベートを知って

その人に合わせた一番の方法を考える。


制限ばっかりしても、QOL考えると意味ないですからね。

どうやってこれから生きていきたいですか?

って私は患者さんに聞かないといけないと思うんです。

結局自分のことなんだから。


そんで、こうやって生きていく方法もあると思いますよ

っていう提案を専門家の立場からすることが必要だと思います。

そして選ぶのは患者さん。

ちゃんと知った上で、自分で選ぶ。


みんなそうして生きてほしいと思います。
















「苦しき中にこそ己を知る」


厳しい状況の時に、一番自分の事を知ることができる。

という意味だと、女将さんは私にその言葉を与えた。


良いとこも、悪いとこも他人に見てもらえて、そして伝えてくれる存在。

そういう存在が重要であるとその時に感じることができた。



がんばった時に、頑張ったことを知っていてくれる。

がんばれなかった時に、頑張れなかった事を知っていてくれる。


自立したくて、親元から離れることを渇望していたが

そうしてみた結果、やっとその意味がわかった。


注意されることも、自分を見ていてくれていると思うと、嬉しかった。

とても恵まれた環境でいるのだと感じた。


声だけは褒められた。

声を武器にしていいんだと自信がついた。

調理場はいつものように、怒鳴り声が響く、こんなピリピリとした空気、誰が崩せるんだろうか。

この雰囲気でいつも気が引き締められる。

けれども、こんなにおいしそうなだしの香りが漂ってくると、小さなお店は飾らない気品に満ちあふれてくる。

この香りで、神経質な空気に染まりかける私も安らいでしまう。


着物を着て、赤い口紅をひき、お客様をお迎えすると、平凡な大学生は

この非日常的な空間の一部となるだけで、少し酔いしれてしまう。