#1 足元に猫




今、お世話になっている家は、

1匹の猫を飼っている。



灰色の艶々な毛並みと青く透き通った瞳。

ロシアンブルーのその猫の

名前は、姫だ。



最近、

私が洗濯物を持ってベランダに出ると

姫はベランダの入り口でゴロゴロしながら

私が干し終わるのを待っている。




今日もまた、

私が洗濯物を干している間、

姫がその場所でゴロゴロとしていて、

とても可愛かった。





秋晴れのやわらかな風に吹かれながら、
猫と私、二人で過ごす穏やかなひととき。



けれど猫とは自由気まま
予想がつかないもの。


突然、シャーっとベランダへ走りだし
そのまま隣の家のベランダへ
ぴゅーんと飛び移ってしまったのだ。


私は慌てて追いかけた。
過去に何度か姫が脱走した話を
聞いていたからだ。


私はベランダの塀の隙間から
隣の家のベランダ覗き、
『姫ー!』と名前を呼んだ。


姫が戻ってくる気配は一向にない。


むしろ尻尾をフリフリ。
ちょこんと座ったその眼差しは
「こっちにおいでよ」と言わんばかり。


追いかけっこのつもりなのか、
かくれんぼのつもりなのか、
悪気など全く無さそうだ。


加えて、
姫は更に奥へと走りだし
隙間から覗く私には
見えなくなってしまったのだ。



ーーあぁやってしまった。


私はドキドキしながら
飼い主の叔母と
お隣さんへの謝罪の言葉を考えた。


猫かごを持って、お菓子折りを選んで、
お隣さんに頭を下げる自分を覚悟した。


なのに、
中々行動に移せず
家の中をオロオロと歩き回っていた。


姫の姿は、
塀の隙間からは見えなくなっている。
既に隣にいなかったらどうしよう。


迎えに行っても
戻る気が無かったらどうしよう。


私と姫、この二人は、
まだ1ヶ月の浅い絆なのだ。




その時、フッと思い出したのが、
『ザ・マジック』の感謝ワーク。


願いが叶った自分になりきって
「ありがとう」を先に言う引き寄せの法則だ。


私は心の中で唱えた。





姫ちゃん、自分から帰ってきてくれて、
ありがとう。

姫ちゃん、怪我も事故もなく、
無事に帰ってきてくれてありがとう。

姫ちゃん、誰も傷つけず、何も壊さず、ありのままのあなたで帰ってきてくれて、ありがとう。

姫ちゃん、あなたの頭をこうしてまた良い子良い子できて、私は本当に嬉しいよ。
柔らかな毛並みが本当に気持ちいい。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。





その瞬間、
外から声が聞こえた。
お隣さんかもしれない。



チャンスだ。



私はベランダへ飛び出した!
しかし、その声はお隣さんではなく
外を歩く人の声だった。



ーーーなんだ、ガッカリ。


うつむいた先、
足元に猫。



お隣さんではなく、外からの人の声に気を取られていた私の足元に、ひょっこり姫が戻ってきたのだ。



『ニャー』



私はこの瞬間、
感謝が願いを叶える魔法に感動した。



私は姫の全身を優しく撫でながら、
あの感謝ワーク同様に
声に出して何度も『ありがとう』を伝えた。




「帰ってきてくれてありがとう。
戻ってきてくれてありがとう。
このフサフサな毛並みを、また触れて嬉しい。」


と。



私の胸の中には、
奇跡の余韻が温かく広がっていた。



ところが、
戻ってきた姫は、
ご飯にも目もくれず、私の足を引っ掻き続ける。



どうやら
追いかけっこを期待していたらしい。


そう、私にとっては、
もう会えないのでは?
もしや物を落としたり誰かを引っ掻いたりする場合もあるのでは?と
「不安と恐怖の時間」だったにも関わらず、


姫にとっては家出でも大冒険でもなく、ただの遊び。
ただの無邪気なかくれんぼ。
「楽しい追いかけっこ」の続き。



そのギャップを
ザ・マジックの感謝ワークが

奇跡の引き寄せとして、
感動の1コマとして魅せてくれた。



奇跡と無邪気、
その相反すると思える1コマが



私の毎日の日常に
彩りを加えてくれている。




無事に帰って来てくれて
ありがとう。ありがとう。ありがとう。