撮影日   2025.1.30

撮影場所  各写真に記載

 

前回までの記事の続きで、今回から二日目の日程の記事を

紹介します。

当日は米原から豊橋まで向かい、遂に2026年3月での引退が

決まった213系5000番台のお別れ乗車を実施、その後豊鉄の

鉄道・軌道線双方を乗車し三岐鉄道の乗車を行いました。

 

(一枚目)

米原駅を早朝出発、名古屋駅で新幹線を乗り換えました。

いつもの様にホームできしめんを食べ、乗り換え待ちで

在来ホームを眺めた所新鋭315系とHC85系が停車中でした。

新時代のJR東海の車両達です。

(二枚目)

315系は4連でワンマン対応の3000番台、C103編成でした。

この時点では関西本線の運用がメインでしたが、この後

2025年春から東海道本線でも運用が開始され311系の後釜と

して米原発着列車でも使われています。

この窓割はクロスシートぽく見えますが、現状オールロング

シートです。

(三枚目)

こちらはキハ85系を置換え東海のDC特急の主役となった

HC85系です。その奥には新車導入が決まり置換が決まった

383系の姿も見えます。

385系が遂にメーカーから出場した為、この並びが見られるのも

あと僅かです。

(四枚目)

こちらは余談ですが、前日米原のスーパーで買った滋賀の

地場パン・「サラダパン」です。

中身はマヨネーズで和えられたたくあんで、意外な組み合わせ

でサラダらしくは有りませんが、結構おいしく歯ごたえも良く

感じました。オニギリにしても良いのでは?

(五枚目)

そして新幹線で豊橋駅で下車し、飯田線ホームへ向かい

ました。ここは飯田線成立の経緯上、名鉄も乗り入れて

います。

停車中の1200系「パノラマスーパー」リニューアル車は

須ヶ口行き特急です。須ヶ口止まりの特急の存在を初めて

知りました。

(六枚目)

そしてこれから乗車する213系は嬉しい事にトップナンバー・

H1編成でした。方向幕は「普通」表示で、列車番号表示は

車番の表示でした。

 

213系5000番台は民営化後、国鉄末期に製造されていた213系を

ベースに設計されたものです。213系は元々国鉄末期の新形式・

211系を1M方式・2ドア転換クロス仕様にしたもので快速「備讃

ライナー」(後に「マリンライナー」)用に導入された形式でした。

5000番台はそれを元に身延線などに対応してパンタ部を低屋根化

し、クーラーをインバーター制御による集約分散式としました。

又座席は車端部がロングシートとなり、トイレは省略されました。

東海では211系は4連2本しか導入されませんでしたが、民営化後

オリジナル仕様の5000番台シリーズを大量導入、213系並みに

1M方式とした6000番台も導入しました。他に兄弟形式として

この213系5000番台や新快速用311系も製造し、民営化後初期の

東海の一般形の基礎となりました。

1989年から1991年にかけ2連14本が製造され、当初は関西本線に

導入され近鉄との競合で活躍しました。

(七枚目)

クモハ213-5001の側面です。基本番台同様側窓は2連と

なった1枚下降窓で、ドアは両開きです。

インバータークーラーは311系先頭車と違い交換されて

いません。

ドア脇の半自動用押しボタンは後年の設置です。

 

213系の足回りは基本的に元となった211系と同様です。

駆動装置は中空軸平行カルダン駆動で、モーター出力は120kw

となっています。制御方式は界磁添加励磁制御です。

ブレーキは回生・抑速ブレーキ併用の電気指令式空気ブレーキ

となっています。

台車はボルスタレス式空気バネ台車で、最高速度は110km/hです。

尚この5000番台は補助電源はDC-DCコンバータ方式で、補助

電源やCPは電動車に搭載されています。

(八枚目)

相方の制御車クハ212形クハ212-5001です。

1989年日本車輛製です。こちらは幌は有りません。

連結器は電気連結器付きです。

国鉄時代導入の211系は貫通扉と助士側窓が小さい仕様でした

が、213系は拡大されてており5000番台も拡大仕様です。

塗色は製造時から一貫して「湘南色」で、JR東海最後の

「湘南色」となりました。

トイレを備え、登場時は在来線普通電車として初めて公衆

電話が設置されていました。

尚2次車では幌枠などがFRPとなり、列車番号表示器が廃止され

車外スピーカー設置位置の変化などが行われています。

 

213系5000番台はパンタグラフの変更や転落防止幌設置、バリア

フリー対応改造が他形式導入実施されました。

更に後年クハにトイレが設置されています。

それ以外には大きな改造は行われず、最後の活躍場所・飯田線

でもワンマン化は行われませんでした。

その為比較的原形を保っており、体質改善工事で足回り以外に

大きな改造を受けたJR西日本所属の基本番台とは対照的です。

(九枚目)

クハ213の側面です。行先表示器は幕式のままで、小さい

方向幕は211系5000番台も同様で東海車の特徴でした。

国鉄時代末期からトイレが無い形式が登場していましたが、

民営化後もJR各社はトイレ無しの車両を作ってしまいました。

JR東海では他に211系5000番台(一部はトイレ付き)、6000番台、

キハ11形(300番台以外)も該当しましたが、この213系5000番台

だけは2011年に飯田線転用時にバリアフリー対応トイレが設置

されました。その部分の窓は埋められています。

 

213系5000番台は当初関西本線で活躍しましたが、JRの利便性

向上や近鉄の値上げなどで利用者が増えると他形式の活躍が

増加し、更に313系導入でワンマン運転が行われる様になると

運用が減少して行きました。中央線で活躍していた時期も有り

ますが、2011年から119系置換の為トイレ設置や押しボタン式

半自動ドア化、先頭台車の滑走防止用セラジェット装置設置等

転用改造を受け飯田線に転用されました。

同時期に313系も導入されましたが、そちらと違いワンマン化は

受けず主に飯田線南部で活躍しました。

しかし315系導入で非VVVF各形式の置換が進み、211系・311系に

ついで廃車が発生しました。

訪問時点で既に引退予定となっており、最後の活躍でした。

(十枚目)

本当は天竜峡まで乗りたかったですが、都合上豊川駅までの

往復に留めました。213系も運用は決まっており、事前に調べた

列車に充当されていました。

これは車窓から撮影したもので、ソーラーパネルの向こうは

飯田線の線路から分かれて走る名鉄電車です。

3100系+2200系の特急でしょう。

(十一枚目)

逆光で見ずらいですが、小坂井駅のホームです。

かつてここと名鉄伊奈駅を結ぶ小坂井支線が存在しました。

途中駅が無い短い路線でしたが、名鉄から飯田線に乗り入れ

豊川方面へ向かう列車も運行されており、改軌前の近鉄の

電車が名鉄に乗り入れ、更には国鉄豊川まで直通という今から

すると驚きの列車も存在しました。

名鉄豊川線開業で1954年廃止されています。

(十二枚目)

こちらは下車した飯田駅で撮影したクモハ213形の運転台

後部です。前に紹介した311系同様、仕切り扉と助士側窓が

繋がった独特の形状です。

運転台後部はバケットタイプのロングシートで紫のモケット

です。ロングシートは西日本の213系には見られないものです。

(十三枚目)

同じく豊川駅撮影のクモハ213形のパンタグラフです。

JR東海の他形式同様本形式もシングルアームパンタに交換

されています。

一方西日本車では交換されていません。

 

この後豊川駅まで折り返しましたが、そちらも213系に乗車する

事にしました。

次回に続きます。

 

参考文献   JR全車輛ハンドブック 2004

 

参考HP    Rail.Lab

 

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