2012年も終わり、新年2013年を迎えた。
とても、気持ちのいい年明け。来年の楽しみな予定で脳に花が咲いていて、この上なく気持ちがいい。高揚が止まらない。
俺にとって、2012年はとても楽しく、また、自分のブレ無い芯を確立出来たとても重要な年だったと言えるんじゃないかな。また、自分の本質を変えることができたとも思う。それも、とても良い方向に。
他人から何を言われても余裕を持って接することが出来し、そして何より、素晴らしい出会いが沢山あった。心から信頼できるというのは、とても気持ちがいい!何も恐れる必要が無いのだから。順に思い出すと共に、書き記して行こう。
去年の元旦の記憶はあいまい。初詣には言ったが、それ以外は受験勉強をしていた。
一月半ばにセンター試験を迎え、自己採点をして、落ち込み、また前期試験に向け勉強をして、首都大の入試を迎えた。前期試験を終えてから後期試験までの二週間はほとんど勉強しなかった。友達と遊びもしなかった。ただ受験に失敗したと思って、ぼーっとしていた気がする。
俺はたまたま卒業式と合格発表の日にちが一緒で、卒業式の一時間後に合格発表という日程だった。
いざ迎えた3月9日はとても鮮明に覚えている。あんなに一度に沢山の感情を味わった日はそう沢山無いんじゃないだろうか。
いざ卒業式では、泣けなかった。俺の高校生活がその程度のものだと思うと少し悲しかった。部活の最後の大会の方がよほど泣けたものだ。はたから見て、高校生活を満喫していたように思える友人は皆卒業式のあと教室で泣いていた。俺はそれより、合格発表が気になっていた。
合格発表は1人で見ようと心の中で決めていたが、結局同じ塾の仲間の横で見た。
自分の合格番号を見つけた瞬間は、本当に涙が止まらなくて、嬉しかった。横の友達も、とても喜んでくれた。
その後の3月10日~4月1日の期間は仲間内で沢山遊んだが、詳しい日取りと内容までは覚えていない。唯一部活仲間とスノーボードに行ったのはよく覚えているが。
高校の同じサッカー部の友達と、下手したら二度と会わないやつもいるかもしれないと思ったら、とても悲しくなった思い出がある。
四月1日、南大沢に引っ越してきた。ほぼ手ぶら。必要なものは、その日親と一緒に買い物をして集めた。
その日父親が涙を流さんばかりに哀しそうな顔をしていて、とても嬉しく、暖かい感情に満たされた思い出がある。
そこからの時間は本当に早かった。まさに激動の一ヶ月。沢山の出会いがあり、幾つもの新歓を乗り越え、酒を覚え、あっという間に一ヶ月が過ぎた。その頃、俺が思っていたことは、兎に角沢山の友達を作り、友好関係の輪を広げるということ。もう一つは、女に対してなれると言うこと。後者に関しては今思えば本当に恥ずかしい事ばかりをしていたと思う。周りから見れば、不器用な勢いだけの悪酔いした人間だったに違いなく、ほんと恥ずかしい。
五月~六月になると、段々知り合いも増えてきて、学校生活にも慣れてきた。ただ、相変わらず色々な人脈を広げようとしていたので、これといってどこかのグループに属す事はなく、毎日いろいろな人間のところに遊び回っていた。オールばかりしていた。平均週3ぐらい。
ただ、この頃にはまだ心から中の良い友達はあまりいなくて、そわそわしてたんじゃないかな多分。
七月にはテストを終え、とうとう長い夏休みに突入しようとしていた。首都大生の夏休みは長く、8月と九月を余す事なく利用する。
この夏休み。俺は今考えれば、つかいかたを間違えた。まず、金を使い過ぎた。全ての誘いに対して断る事なく参加し、遊びほけた結果、27万円もの金を二ヶ月で使ってしまった。バイトをほとんどしていないのに。ほぼ奨学金である。
二つ目は、生活リズムが荒れ過ぎて、一つ一つのイベントが薄味になってしまった事。全ての事を余す事なく覚えているが、もっと濃くする事ができたんじゃないかと思う。それに、10月に入り、普段のリズムに戻る事にも苦労した。
だがそれでも、やはり深く印象に残っている事もあって、ヒューマンの四人で出かけた西日本の旅などは本当によく記憶に残っている。あれは特に楽しかった。
10月、11月。ここからは、ハンズに加入する事となる。今年最も成功した事の一つは、このサークルに入ったことだと思っている。皆優しく、常に周りのことを考えてるんじゃないかなと思う。それに、ハンズの友達と接しているうちに、男だらけの生活から多少方向転換できたんじゃないかな。これは割とほんと。書いてて恥ずかしいほどに。自分で見直した時、自分の虚像をみるより、実状をみた方が遥かにためになると思うから書くけど。あと、トゲトゲしい人間が少ないのが、俺が楽しいと思えた要因の一つかも。とにかく楽しいな。現在進行形でね。あとは、英語をペラペラ喋れるようになるだけだ切実に。
12月になると、イベントが盛りだくさんだった。毎週週末は特に忙しかった。立教クリパに行ったり、スノーボードに行ったり、ヒューマン忘年会をしたり、思い出せばキリが無い。ただ、六本木には二度と行かないと誓ったが…笑
本当にヒューマンメカトロニクスシステム学科に入学して良かった。
名前長い笑
自分のブレ無い芯とかの話にほとんど触れてないけどまあいいか笑
多分これは一生忘れない。
「俺は俺であり、誰の個人的な感情に一切揺さぶられない。」
「自分が相手の言葉に揺さぶられるとしたら、それは心のどこかにある不安を突かれてあるから。不安が明確になったなら、その気持ちを解くために精一杯頑張るのみ!」
とても、気持ちのいい年明け。来年の楽しみな予定で脳に花が咲いていて、この上なく気持ちがいい。高揚が止まらない。
俺にとって、2012年はとても楽しく、また、自分のブレ無い芯を確立出来たとても重要な年だったと言えるんじゃないかな。また、自分の本質を変えることができたとも思う。それも、とても良い方向に。
他人から何を言われても余裕を持って接することが出来し、そして何より、素晴らしい出会いが沢山あった。心から信頼できるというのは、とても気持ちがいい!何も恐れる必要が無いのだから。順に思い出すと共に、書き記して行こう。
去年の元旦の記憶はあいまい。初詣には言ったが、それ以外は受験勉強をしていた。
一月半ばにセンター試験を迎え、自己採点をして、落ち込み、また前期試験に向け勉強をして、首都大の入試を迎えた。前期試験を終えてから後期試験までの二週間はほとんど勉強しなかった。友達と遊びもしなかった。ただ受験に失敗したと思って、ぼーっとしていた気がする。
俺はたまたま卒業式と合格発表の日にちが一緒で、卒業式の一時間後に合格発表という日程だった。
いざ迎えた3月9日はとても鮮明に覚えている。あんなに一度に沢山の感情を味わった日はそう沢山無いんじゃないだろうか。
いざ卒業式では、泣けなかった。俺の高校生活がその程度のものだと思うと少し悲しかった。部活の最後の大会の方がよほど泣けたものだ。はたから見て、高校生活を満喫していたように思える友人は皆卒業式のあと教室で泣いていた。俺はそれより、合格発表が気になっていた。
合格発表は1人で見ようと心の中で決めていたが、結局同じ塾の仲間の横で見た。
自分の合格番号を見つけた瞬間は、本当に涙が止まらなくて、嬉しかった。横の友達も、とても喜んでくれた。
その後の3月10日~4月1日の期間は仲間内で沢山遊んだが、詳しい日取りと内容までは覚えていない。唯一部活仲間とスノーボードに行ったのはよく覚えているが。
高校の同じサッカー部の友達と、下手したら二度と会わないやつもいるかもしれないと思ったら、とても悲しくなった思い出がある。
四月1日、南大沢に引っ越してきた。ほぼ手ぶら。必要なものは、その日親と一緒に買い物をして集めた。
その日父親が涙を流さんばかりに哀しそうな顔をしていて、とても嬉しく、暖かい感情に満たされた思い出がある。
そこからの時間は本当に早かった。まさに激動の一ヶ月。沢山の出会いがあり、幾つもの新歓を乗り越え、酒を覚え、あっという間に一ヶ月が過ぎた。その頃、俺が思っていたことは、兎に角沢山の友達を作り、友好関係の輪を広げるということ。もう一つは、女に対してなれると言うこと。後者に関しては今思えば本当に恥ずかしい事ばかりをしていたと思う。周りから見れば、不器用な勢いだけの悪酔いした人間だったに違いなく、ほんと恥ずかしい。
五月~六月になると、段々知り合いも増えてきて、学校生活にも慣れてきた。ただ、相変わらず色々な人脈を広げようとしていたので、これといってどこかのグループに属す事はなく、毎日いろいろな人間のところに遊び回っていた。オールばかりしていた。平均週3ぐらい。
ただ、この頃にはまだ心から中の良い友達はあまりいなくて、そわそわしてたんじゃないかな多分。
七月にはテストを終え、とうとう長い夏休みに突入しようとしていた。首都大生の夏休みは長く、8月と九月を余す事なく利用する。
この夏休み。俺は今考えれば、つかいかたを間違えた。まず、金を使い過ぎた。全ての誘いに対して断る事なく参加し、遊びほけた結果、27万円もの金を二ヶ月で使ってしまった。バイトをほとんどしていないのに。ほぼ奨学金である。
二つ目は、生活リズムが荒れ過ぎて、一つ一つのイベントが薄味になってしまった事。全ての事を余す事なく覚えているが、もっと濃くする事ができたんじゃないかと思う。それに、10月に入り、普段のリズムに戻る事にも苦労した。
だがそれでも、やはり深く印象に残っている事もあって、ヒューマンの四人で出かけた西日本の旅などは本当によく記憶に残っている。あれは特に楽しかった。
10月、11月。ここからは、ハンズに加入する事となる。今年最も成功した事の一つは、このサークルに入ったことだと思っている。皆優しく、常に周りのことを考えてるんじゃないかなと思う。それに、ハンズの友達と接しているうちに、男だらけの生活から多少方向転換できたんじゃないかな。これは割とほんと。書いてて恥ずかしいほどに。自分で見直した時、自分の虚像をみるより、実状をみた方が遥かにためになると思うから書くけど。あと、トゲトゲしい人間が少ないのが、俺が楽しいと思えた要因の一つかも。とにかく楽しいな。現在進行形でね。あとは、英語をペラペラ喋れるようになるだけだ切実に。
12月になると、イベントが盛りだくさんだった。毎週週末は特に忙しかった。立教クリパに行ったり、スノーボードに行ったり、ヒューマン忘年会をしたり、思い出せばキリが無い。ただ、六本木には二度と行かないと誓ったが…笑
本当にヒューマンメカトロニクスシステム学科に入学して良かった。
名前長い笑
自分のブレ無い芯とかの話にほとんど触れてないけどまあいいか笑
多分これは一生忘れない。
「俺は俺であり、誰の個人的な感情に一切揺さぶられない。」
「自分が相手の言葉に揺さぶられるとしたら、それは心のどこかにある不安を突かれてあるから。不安が明確になったなら、その気持ちを解くために精一杯頑張るのみ!」