大きな存在。
すこし休憩。
ただの感想。
今日は旦那くんが飲み会だったので、夕飯もお風呂も洗濯もちゃちゃっと済ませて一人時間を満喫。紅茶とお菓子を準備して映画鑑賞。
『世界から猫が消えたなら』
これは、映画館で初めて嗚咽するほど泣いた映画でした。
たぶん、主人公の両親がなんとなく自分の両親と重なったからだと思います。あと、イグアスの滝に圧倒されたのも覚えてる。なんか色々と悩んでた自分がちっぽけに思えるくらい、自然の力の大きさに感動した。これについては、今回はやっぱり映画館ほど迫力なかったのが残念。
川村元気さんの小説は、海外にまったく興味がないわたしでも、その風景を一度は見てみたいと思わせられる表現をされるので本当に素敵です。
良い映画は、その時の自分の状況や心情によって、受ける影響や感想も変わってくるものだと思います。だからこそ何度も観たくなる。
この映画も、自分の状況が変わったことで、感じ方も少し変わった。
でも、一番響いた言葉は変わらなかった。
『私たちが猫を飼ってるんじゃなくて、猫が私たちの傍にいてくれてるのよ』
これは主人公のお母さんの台詞。
初めて観た時もこの言葉に一番感動しました。
わたしの場合は猫ではなく犬ですが。
ほんとにその通りだよなぁって思いました。
そして今回は、無性にレオに会いたくなりました。
お母さんが、猫を抱っこして看取るシーンがあります。
わたしも、レオを抱っこしてお別れしたかった。
最期の瞬間に、一緒に居たかった。
レオはいつも傍にいてくれたのに、最期の最期に一緒に居られなくてごめんね。
皮肉な話だけど、レオが病院に行くようになったから、わたしは毎週レオに会って、たくさん抱っこすることが出来ました。最期の時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。
この映画では、主人公が自分の寿命を一日延ばすために、世の中から何かを一つずつ消していく。それは一見他愛のないもの。でも、それはこれまでの主人公を形作ってきた大切な一部。大切な人との繋がり。それを失くすことによって、周りの人たちとの思い出や記憶を巡り、主人公は大切なものの存在に気付いていく。そんな物語。
何かを得るためには何かを失わなければならない。
この映画で何度も出てくる台詞。
でも、何かを失うことで何かを得ることができる。
失わないと見えないものがある。
レオという大切な命を失い、母という大きな存在が病魔に侵されている今だからこそ、前回とは違った目線で観させていただきました。
わたしはやっぱりこの作品が好きです。
そして数年前と変わらない感想としては、濱田岳さんの演技は、毎回泣ける。そして宮崎あおいさんはなぜあんなに可愛いのか。
はー、映画って良いよね。
映画館に頻繁に通っていた頃が懐かしい。
次はなに観ようかな。
今日は夢でレオに会えますように。
おやすみなさい⭐️
