金曜日の夜は、孤独感が心を蝕む。

仕事が終わり帰路につくが、足取りが重い。

誰もいない部屋に帰るのがそうさせるのか。

歩きながら、深いため息をつく。

行きつけのスナックに、足が向く。

スナックのママが良心的な為、安月給の自分でも行きやすく。

気づけば馴染みの客になっていた。

店の灯りが見えてきた。

いつ消えても不思議じゃないほどに、疲れ果てたネオン管。

なんとか、店名がわかる程度に赤々と光ってる。

店名は、「月下美人」。

ペンキの剥げ落ちた、ドアを開けて入ると、

ホステスの声をかき消すかのように、ママさんが。

「いらっしゃい、今日は混んでるさかい。カウンターで、ええ?」

「あぁ。」と、一言返事をして、一番奥の席に座った。

カウンターでは、チーママが忙しそうにしている。

僕に気づくと。

「いらっしゃい、飲み物は?」

と、聞いてきた。

「ビール、ジョキで。それにしても、今日は混んでるね。」

「アルバイトの女の子雇ったんだけど、前の店のお客さん引っ張ってきたみたいで。」

「それにしても、これだけの客もってたら、前の店を辞めなくても…この店じゃ、収入減るだろうし。」

「あ⁉︎それは、ひどくない?…」

「あ⁉︎ゴメン」

「はい、ビールと、お通し…お通しはサービスね」

「いつも、ありがとう。」

「かずさんは、常連さんだから気にしないで。でも、そういうところ…私、好きだな。」

「な、なに言ってるの、照れるじゃん。」

照れを隠すかのように、ビールを飲む。

チーママに、視線がいく。

「かずさん、私の顔に何か付いてます?」

「いや…チーママ、綺麗だから…それに、歳いくつかなて思ったらつい…」

「かずさんには、もっとお店に来て欲しいから歳は秘密。それに、私なんかで、いいなら、いくらでも見てていいですよ。かずさんに見られるの嫌じゃないし。」

「そうだ⁉︎かずさん、晩御飯食べてないでしょ…何か作りましょうか?」

「そうだね…まかせるよ。」

チーママは、厨房へと姿を消した。

一人でいるカウンターは、正直淋しい。

お通しをつまみに、ビールを飲んでると。

「失礼します。リナと申します。かずさんですよね?」

「はい。」

「ママから、聞いてます。これから、ごひいきに、よろしくお願いします。」

彼女から、漂う微かな香水…何処かで嗅いだような?

香水の香りが、二人の運命を動かし始めた。




喫茶店は、アパートを出るとむ真向かいにる。

片側1車線の道を小走りに横断し、ドアを開けると、「カランコロン」と低い鈴の音が、店内に響きわたる。

マスターの娘さんが、調理の手を止めて満面の笑みを浮かべて。

「いらっしゃい。」と、声を掛けてくれる。

社交辞令とはいえ嬉しいもんだ。

「お客さんは、いつもので良いんですよね。」

「うん。」と、返答する。

この喫茶店は不思議と落ち着く。

店のデザインがそうさせる。

シックにまとめられた著道品。

それらを際立たせる照明。

珈琲の香りが、さらに空間をきわだてている。

「おまちどうさま。」

テーブルに置かれた。

チーズたっぷりのビザトースト。

もう一つの皿には、目玉焼きに、ソーセージとカリカリベーコン。

その脇にフライドポテト。

最後に芳醇な香りをまとった珈琲。

さっき迄の、最悪な朝とは真逆の空間。

「お客さん、週末だからって飲み過ぎは身体に悪いですよ。先ずは、酔い醒ましの珈琲を一杯飲んで下さい。常連さんだから一杯サービスしますから。」

「ありがとう。」

丁寧に焙煎された珈琲豆。

それを、丁寧にサイホンで一杯づつ抽出する丁寧さ。

お金を出して飲む価値を感じさせてくれる。

そんな珈琲をサービスで、もう一杯飲めるとは、朝からついてる。

取り敢えず一杯飲むと、さっき迄の深酒の呪いから解放される。

モーニングをつまみながら、店内を見回せば、ボチボチ客は入ってる。

パイプをくわえながらコーヒーを飲んでる老人。

なにやら勉強をしている女性、多分…大学生だろう。

カップルもいる。

それと、いつも必ず居る女性。

服装からして水商売だろう。

顔は分からない。

いつもテーブルにうつぶせているから。

彼女のかたわらには、湯気をたてたコーヒーが、いつも置かれている。

店内の空調と、いつも座るこの席が偶然にも彼女のかたわらに置かれた珈琲と、彼女付けてる香水の香りを運んで来る。

珈琲と絡む香水の香り。

不思議な香り。

そうだった、この香りに引かれ彼女の存在を知ったんだった。

飲み過ぎたのだろうか?

今日も気怠い朝を迎える。

枕元の時計は朝の9時をさしていた。

喉がヒリヒリと乾く。

重い体を起し、ふらつく足元に気をつけて、冷蔵庫のドアを開ける。

無造作にペットボトルの蓋を開け水を飲む。

水を飲みながら昨日の夜のこと考える。

脱ぎ捨てられたズボンから財布を取り出す。

1,000円札と小銭が数枚。

かなり飲み歩いたことを思い出す。

胸やけがする。

水で押しやる。

胸焼けは収まらない。

たまらなくトイレに駆け込み便器に顔をづくめ嘔吐を繰り返す。

自分が嫌になる瞬間だ。

こんな生活を繰り返すの日々。

人の心は弱く脆い。

特に愛によって砕けた心は。

愛は永遠だと信じていた若き日。

愛があればどんな苦難も乗り越えられると思っていた日々。

ある日、彼女は愛に決別する。

僕達の愛は、周りに受け入れられなかった。

2人の愛は、周りに大きな波紋を産んだ。

波紋を静めるには、彼女の決断が正しかった。

今の僕になら、彼女の想いを理解できた。

でも、当時の僕は若く無知だった。

感情が全てだった。

愛があれば、どんな苦難も乗り越えられる。

そんな考えだから、世間に対して盲目になった。

当時の彼女の決断は、僕の心を粉々に砕け散らせるには充分だった。

心は傷つき、暗闇の悲しみを知る。

孤独、後悔、悲しみ、絶望、死にたいと心底思った。

でも、出来なかった。

もし、死を選んだら。

家族の悲しみの矛先は、彼女に向けられる。

僕は、普通に日々を送る事を余儀なくされた。

彼女に、してあげられる最後の想いみたいなもの。

あれから何れだけの時間が過ぎたのだろう、彼女の事も周りは忘れた頃。

僕の心が、悲鳴をあげた。

孤独、悲しみ、後悔、絶望が、心を蝕み始めた。

ウオッカが、ジンが、ウイスキーが、心の痛みを癒してくれる。

でも、朝を迎えるると。

嘔吐を繰り返す日々。

たまらなくなり、アルコールを抜く為にシャワーを浴びる。

腹の中は空っぽになる。

どんな時でも、腹はすく。

時計を見ると、午前10時を過ぎていた。

喫茶店のモーニングには、間に合いそうだ。

ジーンズと、Tシャツに着替えて。

サンダルを履き。

喫茶店に向かう。