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国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。
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「夜の底」という単語ひとつで、近い将来に待ち受ける不穏を予感させ続け、手前勝手な愛情の果てにある幸福を想像させる余地は作らない。
何よりこの本は、最初から最後まで美しい情景描写で成り立つ。
特に序盤、「葉子」を汽車のガラス越しに盗み見る描写は圧巻だ。
日が暮れて、ガラスが鏡に移り変わる時間経過を緻密に描いている。
「透明感のある女性」とは、葉子のことを指すのではないかと思えるほどに繊細で綺麗だ。
「恋」をすると世界に色がつくなんて言われることも大袈裟ではないのかもしれない。
それほどに人の心は景色の見え方に大きな影響を及ぼす。
燃え失う様さえ、絶景にも地獄にもなり得る。
「島村」は燃え落ちる屋敷を夢見心地で眺めていた。
島村にとってトンネルの向こうは、自分の日常から切り離した世界でしかなかった。
だから何もしてやれない、してやらない。
愛も執着も一夜の夢でしかないのだ。