同じ講義を受けている男子大学生の日向 奈月は、どことなくエロい気がする。
 何が、どうエロいのか?
 最初に良いなと思ったのは、香水だ。
 擦れ違う度に、フワッて後から漂う良い香り。
 その頃は、たまに擦れ違う同い年の学生ってぐらいの印象だった。
 俺は香水とか、そう言うのに無頓着って感じで詳しくなくて…
 詳しいヤツやらの話だと、どっかのブランド物の香りに似てるとか…
 似たモノを持ってヤツに頼んで小分けした小瓶を嗅がせてもらうと同じ匂いで…
 その小瓶を譲ってもらった。
 まぁ…付ける勇気は、俺にはなくて、
 フト現実に戻されて…
 ただの匂いぐらいで、何を本気で調べてんだかって思う。でも、人を惹き付けられる香水ってやつは、重要なのかも知れない。
 俺も、少し考えるか?
 譲ってもらった小瓶の香水を自室で眺めては、密かに香りを嗜む。
 付け方も、よく知らんし。
 無闇につけたりすると、アレって悪臭になるって言うしなぁ…
 取り敢えず。
 “ 日向ってヤツを、観察でもするか? ”
 まるで、匂いに引寄せられた虫か何かかみたいに俺なり。
 日向を、事あるごとに見てるから目が合うのは、当たり前になって挨拶したり。
 今みたいに、お互いの近くや隣に座ってみたり。
 出掛けたり。
 遊んだりと繰返しているうちに…
 日向 奈月の顔が、エロくねぇ? って思う様になっていった。
 見すぎて、脳内がバクでも起こしたか?
 いや。
 周りでも男女構わず日向を、綺麗だと褒めるヤツは、多い。
 一種のそれだ。 
 多分。そうだ。
 ?……綺麗とエロは、違くねぇか?
 エロそうは、俺だけが、そう見えているのか…
 それとも、考えたくはないけど…
 俺の願望が、そう見えさせているのか…
 どう考えても、常識的に考えれば前者だよな…
 後者は、俺がおかしいって言ってるようなもんだろ?
 いいや…
 前者だろうが、後者だろうが、俺の考えおかしいだろ?
 それとも、普通に怪しくとか妖艶とか思われようとする日向の策略とか?
 いやなんで、誰に対して? 
 ピンポイントで、俺な訳がない。

  あっ!

 これが、願望か…
 って、なに納得してんだ俺は?
 そもそも、俺が日向を、そう言う対象の目で見てるからヤバい発想になるんだ。
 でもなぁ…
 隣で談笑中の日向を、横目で眺める。
 涼しげでクールって、評判の目元に形が整って、綺麗な曲線が額から鼻筋を通り。唇と顎の先にスーッと流れ落ちていく様子に思わず。
 ゴクリと、息を飲み込む…
 例え日向にそんな気がなくても、俺は間違いなくその日向によって、理性みたいなモノを、深く惑わされている。
 別に…どうのこうのしたいって、訳じゃなくて…
 いや訂正する。
 あの唇にキスしてみたい。
 訂正して出てくる言葉が、盛り初めの中坊並って…
 もっとこう。
 ソフトにプラ…プラ…
 「プラトニックに?」
 そうそう! ってぇ…
 「ん?」プラトニックって…
 「 プラトニックは、古代ギリシャの哲学者プラトンの名前で、彼は同性愛者だったらしい……って、ちょっと前の講義の内容を、鳥飼が、分かりやすく説明してくれたじゃん?」
 「…だっけ?」
 「うん。少し前の事だけど…」
 ヤベー。
 自分で言ってて、忘れてた。
 「あっでもぉ!」と、同じ学部の女子に話し掛けられる。
 「古代ってまではいかないけど…昔の偉人とか、有名な人って同性愛の人多かったって聞くわよねぇ?」
 たまたまその日、俺と日向の座る席に近かった男子も話に加わる。
 「まぁ…一部の外国では、同性婚も認められてるし…そう言う背景や歴史みたいのがあるから。日本よりも寛容なんじゃないの?」
 「成る程ぉ~っ…そう言う見方もあるのねぇ」
 「なんって言うか、オレの妹が中学生なんだけど、恋愛系の漫画よく読んでるんだ。で、結構あれって一目惚れとか、偶然のシュチ的な感じやら。“ アナタだから恋に落ちた !! ” 的な感じが多いじゃん」
 「確かにねぇ…多いかも、王道ってやつよねぇ~…」
 と、納得する2人を見ながら。ゆっくりと、視線を日向に移す。
 何って言うか、顔や姿の造形美を見る度に…
 手も届きそうもないぐらいなのに、その質感を感じたくてどうしようもないと、嘆く自分がいる。
 そんな不粋な現実を想像しては、自分に呆れ果てる。
 そしてまた。
 手を伸ばすると、絶対に届くはずがないと現実に戻される。
 この距離が、俺の感覚を狂わせようとする。
 おそらく。
 届いたら。
 届いたで…
 その不粋な現実にアワアワする自分を、想像できるけど。
 俺自身これが、恋だの愛だのの葛藤じゃなくて嗜好的な意味合いが、多く含まれているって事には、とっくに気付いてる。
 「じゃ…オレ、これからサークルの集まりみたいなもんがあるから。お先に!」
 「あっ! 私も、午後からバイトがあるから。バイバイねぇ」
 2人に手を振りながら周りをよく見ると、人の気配が消えたと言うか、空間がガランとしている事に、考える方の思考が、やっと追い付いた。
 西日に傾き掛けた日差しが、暖かい。 
 ぼんやりとした頭に、さっきの “ アナタだから ” って言うセリフが、響いて俺の気持ちが、どう言う訳か強く反応した。
 「帰んないの?」
 日向が、ニッコリと笑う。
 「帰るけど…」
 その顔、ズリーッ…
 ホント。
 好きってよりも、好みって言われる方が、しっくりくる。
 どうしても、触れたくなる。
 触ったら。
 その肌は、温かいのか?
 それとも…
 ヒンヤリとしているのか…
 白くてスベスベしてそうだとか、なんか俺の思考力。
 マジ半端なく変態っぽい。
 しかも、一度でもそんな感じに考え始めると、確めたい欲求が出てきて…
 物静かな横顔の日向の隣で、俺も平気な顔をしているけど、ヤバイこと考えてるのは、変わらない。そもそも俺が、こんなヤツとは、日向も思ってねぇーよな…
 「鳥飼。ホントにどうしたの? 」
 突然、名前呼ばれてテンパるとか、鳥飼の動きは挙動不審だ。
 同じ講義を受けるこの鳥飼 翼は、人気者だ。
 顔も良いし。特に笑った顔は可愛い。
 素直だし。嘘けなそうで。
 頭も良い。同学部の中では、かなり上位の成績だろうと予想。
 性格も良い。分け隔てない。今みたいに直ぐに人の輪を、ひろげられる。
 同じ学部で、なんとなく気が合う親友だとオレは、思ってる。
 たまに凄い視線を、感じること意外を除いてはだけど…
 熱い視線?
 う~ん…違う。
 ねちっこい目線?
 それでもない。
 ギラギラと狙ってる?
 それも違う。
 無意識に飢えた目をして見てくる。
 これだ!
 って、飢えているって何?
 その前のねちっこいとか、ギラギラとか…
 オレに対して飢えてるみたいな捉え方は、親友に対して失礼だろ?
 いやでも、あの目は…
 狙っているで、合っているとしか、言いようがない。
 でもまぁ…
 悪意とか恨まれるとかそんなもんじゃないと思いたいけど、オレなんか鳥飼に変な事したとか? でも、心当たりがない。
 さっきも言ったけど、悪意は感じられない。
 そう。好意的。
 好意的……
 友情に好意的?
 どっちかと言うと、好意的って普通は、恋愛的な場合に使わないか?
 鳥飼から感じる視線を、恋愛的な感覚で捉えると…

 早く自分のモノにならないかなぁ…的な?

 まさか…
 オレの恋愛嗜好が、バレた?
 講義の流れで、この間のようにプラトンの話を振ったから?
 取り敢えず。平常心で乗り切ろうかぁ…
 確かにオレは、昔から同性の子ばかりを、好きなってきた。
 でも、大っぴらに自分が、ゲイだとは話したことも、自分から言った事はない。
 鳥飼だって、今までここにいた友人達にもそんな話をした記憶はない。鳥飼にあたっては、何度も言うけど気の合う親友として接している。
 そりゃ…あの見た目だから内心。良いなとは、思った事はある。でも、鳥飼が他の友達と同じ学部で女子のダレダレさんが、可愛いとか話しているのを何度か見掛けた事もあるし。
 諦めたと言うか、諦めざるしか道は、残させれてなかった。
 オレだって、好みはあるけど…
他人の気持ちを無視してまで押し通すつもりはない。
 何よりも、鳥飼はホントに良いヤツだから。
 今の関係を自分から崩すのは、どうなんだろう。
 もしかしたら。たまに未練がましく見てる時は、無いとは言い切れないけど…
 それをとっても、あの視線は…
 恋と言うよりも、何か定まってない。
 迷い?
 同性に対する。
 まぁ…都合よく解釈して、鳥飼からオレが、恋されてるとかなら。お互いに腹を割って穏便に話し合うことも可能だろう。
 まぁ…その後に、何かあるとは思わないけど…
 じゃ…
 オレが、感じてる飢えているかもって、視線は何?
 …襲……いやいや。
 考えすぎ!
 でも、なんでそんな目をしてる訳?
 「っ、何だよ…」と、鳥飼から舌打ちされた。
 「いや別に…」
 そっちが、何だよじゃないのか?
 気になる。
 鳥飼が、何を考えてこの視線を送ってくるのかが…
 オレに気があるのか、ないのかも含めて。
 どうやって、探りを入れるかだけど…
 下手すると、その気すらない鳥飼にオレが、ゲイバレする可能性も無きにしても……だ。
 ストレートにどう思ってるは、一番避けたい。
 オレの事を隠して、聞き出したても、素直な鳥飼の事だ。
 聞かれたことを気にして、次の日から講義を欠席するかも知れない。
 欠席しなくても、避けられるかも知れない。仲のいい親友に無視されるのは、嫌と言うか…
 大切な親友に、誤解を持たれたくないの誰だって同じだろうし。
 やっぱりここは、無難に見守るか?  
 …って、それをしてきて数ヶ月が、経とうとしている。
 後は、そうだな。

 問い質す意外の方法しか、思い付かない。

 …なんか知らんが、日向が、うなだれ始めたぞ。
 「気分でも、悪いのか?」
 お決まりな事を言ってみたが、日向本人は、ジッと俺の方に目だけを向き直した。
 相変わらず。綺麗な目をしてるよな…
 純粋って言葉が、しっくりきて、どんどん自分が、薄汚れていくような錯覚に陥る。
 そんな綺麗な目に邪な考えしか出てこない俺は、前みたいに親友として、もう見えてないのかも知れない。
 「……………」
 また鳥飼が、黙り込んだ。
 何か言いたげな…
 言いたいことがあるなら。
 言って欲しい。
 オレは、考え事をしている鳥飼の服のフードを引っ張った。
 バランスを崩して机に手をつく鳥飼は、オレと目を合わせると見るからにキョドった。
 何だよ。この反応?
 ちょっかい掛けたら思った通りの反応じゃなくて、どう反応していいのか困る小学生男子かよって言う感覚の中でオレは、盛大に溜め息を吐いた。
 鳥飼の顔が、少し赤い……
 驚いたから?
 違う。
 もしかして…コイツ。
 「…オレの事、好きだったりする? 」
 ガタッと席を立ち離れていこうとする鳥飼は、何も言わない。
 振り返ろうとさえしない。
 「違うなら。違うって、言って欲しい !! そうじゃないとオレ!」
 そう。大声を上げたものだから。驚いた様に鳥飼は、慌てて振り返る。
 「違うとか、そんなんじゃなくて…好きなのかって言われると、俺的には、なんか違って…」
 ヨロヨロと、誰も居ない教室の机に寄り掛かるように鳥飼は、座った。
 「…それって、どう言う意味?」
 「その…なんつーか…」
 ヘタるよう机と机の間にある床に座り込む鳥飼の姿に思わず。同じような体勢でオレは駆け寄った。
 「つまり。オレに興味は、有るって事?」
 口を小刻みにパクパクとさせる鳥飼は、目を泳がせる。
 「ホントのこと言えば、好きって言う感覚よりも、触れてみたい…」
 それは、俺の歪み掛けた嗜好。
 触れてみたいと答えを聞いて日向は、形の整ったその指先で、俺の両頬を覆った。
 日向の手の平の感触は、想像していたよりも温かかった。
 そして鼻を掠める香水。
 何かいつもよりも、濃く香水の匂いを感じる。
 それとも、手首にでも付けてるのか?
 「あの…日向…」
 切なそうに見上げてくる鳥飼の姿は、いつも姿じゃなくて…
 動揺しているようにしか見えない。
 当たり前だよな急に、こんな事されたら。さすがの鳥飼でも平常心では居られないか?
 それに、何って言えばいいのかなぁ…
 この顔を見て、鳥飼をオレは…
 掻き乱してみたい。って、冷静な上に本気で思った。
 それもりも、オレ自身、鳥飼にこんなあっさりと触れられるなんって思ってなくて、逆に呆然としてしまっている。
 掻き乱したいとか、思っていても実際、掻き乱されてるのは、オレの方だよ。
 それでも、目の前で赤面して硬直してる鳥飼の姿に笑ってしまった。
 「アハハハッ……」
 誤魔化す様に笑う顔が、オレの指先に伝わる。
 「何に、笑ってるわけ?」
 それを阻む様に、指先に力を入れ顔をフニュとさせてみた。
 「…!!っ」ムッとさせて、オレの名前を呼んだはずが、
 「…ひむぅ゛……がぁいぃ゛~っ」と、情けない声が出るだけで、そん風に力任せに言葉を発しようとする鳥飼の唇をオレは、右手の親指でなぞるように置いてみた。
 瞬時に早くなる鼓動。
 やっぱり。オレは、鳥飼が好きなんだ。
 それは、恋愛的な意味でだ。
 バレるかなぁ?
 「日向?」
 バレたよね。
 「あの…」
 鳥飼の唇が動く度。
 僅かに右手の親指が、触れる。
 近いなぁ…とか、冷静に捉えられているのが、不思議だった。
 「…………」
 その一方で鳥飼は、何で、何も言ってくんねぇーの? って顔をしてる。
 真面目なのか、無理にでも落ち着こうとしているのか、その表情がぎこちなくて、また笑ってしまった。
 「笑うなよ !!」
 「何で?」
 「そう言うこと今更…言うなよ…」
 「そう言うことって?…」
 日向は、とぼけた様に立ち上がった。
 「いつまで、そんな狭い所に座ってんの?」
 「お前のせいだろ?」
 「そうだっけ?」
 心臓に悪い。
 バクバクする心臓の音を悟られないように俺は、顔を隠しながら立ち上がったが…
 日向は、わざとらしく俺に近付き顔を覗き込もうとする。
 身長は、そんなに変わらない。
 数秒間だけ目が合う。
 誰もが認める綺麗な目元が、フッと優しく微笑む。
 ドキッとバクつく心臓の音が、加速する。
 「好きか、嫌いか、どちらかに決めろだなんってオレは、言わないよ」
 「嫌いだったら。こんな顔になるかよ…」
 気になるってことは、そう言う事だって、よく言うけど…
 「そう。じゃ遠慮とかしないからね」
 「何だよ。遠慮って?」
 「そうだなぁ…」
 日向が、勢い良く俺の右手を左手で掴むものだから。また派手にバランスを崩した俺は、日向の方に倒れ込むかたちになり。
 左の首筋に日向の気配を感じた。
 たまに漂ってくる香水のフワッした匂いが、鼻の奥に残る。
 「ひ…日向っ ?!」
 柔らかな感触が、最後に一瞬だけチリッと鈍い痛みに変わった。
 「はぁ? えっ…?」
 酷く慌てた風に鳥飼は、首筋を左手で覆う。
 「お前…今…」
 「ちょっと赤くなったぐらいだよ。虫に刺されたぐらいの…直ぐに消えやつ」
 軽く笑う日向の態度に腹が立ったけど、今のが不意打ちだと感じられたから。怒りはしなかった。
 「アレ? 怒らないの?」
 「別に…」
 「さすがに今の遣り取りは、怒るかなぁ? って、思ったけど…」
 「まぁ…オレから仕掛けられた訳だしな」
 仕方がない。 
 「何? キスでもしてみる?」
 意地らしく笑う日向の唇は、首筋に残る感触と同じなんだろうか…
 「しちゃおうか?」
 「はぁ…?」
 「鳥飼? おーい。大丈夫?」と、またノコノコと近寄ってくる。
 コイツが、これ以上バカな事を言う前に、そのニヤリと微笑む口を塞いでしまおうか ?
 それとも、その身体に痕が残るぐらいに噛みついてやろうか? と、思える俺の嗜好は、やっぱりヤバイ…


         終わり。