毎日母と最低4時間、最高9時間過ごしているこの25日間。私達の人生の中でこんなに一緒に時間を過ごすのは始めてだ。
昨日も一緒に役所へ行って、窓口5つに届けを6つ出して、最後に苦情も出してきた。
この道中母が何回オシメの中におしっこしたかは知らないけれど、次の日はもっと冷え込むとの天気予報だったので - 現に今日は午前8時でマイナス1度、日中3度までしかあがらんらしい -、だから昨日のうちに母を連れ出してこの用事をやっつけておいてよかった。
今まで母が入っていた施設は個室が賃貸形式になっていてそこで介護サービスを提供するので、実家にあった住民票をそこへ移さなければ介護保険の恩恵を100%受けれないとのことであった。しかし次に行く施設は介護付き老人ホームで住民票を必要としないため、実家に戻すことになったのだ。
住民票の移動によって、母の持つ後期高齢者医療被保険者証を始めとして5,6枚の保険関係証書が住所変更され再発行されるので、追加3,4件の窓口を回されるのだが。
コンピュータ化されたお役所で住所変更するだけの老人の手続に3時間かかって、車椅子で上の階と下の階を行き来させられ、間違った情報を頂いたおかげでひとつの窓口からは出直しを命じられ、また下の階で待たされ、書類申請時と受領時の両方に車椅子の母を提示しなければいけない不便さ。利用者に求める無駄な手続きが多すぎる。それは元シリコンバレーのIT職員の目でなくても明らかだと思った。インフラ構築が便利にできていないのだろうが、この不便さを残さねばならぬ理由は何だろう、代わりに何を得たのだろうと、一般派遣会社から出向している人たちで成り立っている大阪市内の区役所の戸籍と住民記録のカウンターを見渡して私の知らぬ役所の内側を憶測するよりも、苦情をいうことに慣れている母と一緒に一言申し上げることにした。
案内カウンターにいる二女性が誰も相手していないときを見計らって「すみません」と進み出る。母が「あんたらなんでこんなに遅いの」と切り出したけれど、苦情を受け付けることにもなれているのであろう、おばさま達は「どうされたのですか」と話を促してくださる。これこれしかじか、とお話した内容では
- 2階の保険課ではridicな団扇をラミネートした番号札を2枚渡され、手に持った書類とサイズの異なる保険証と冬のコートや手袋や持った手のなかで滑るふざけた団扇と書類を落としながら車椅子で狭い椅子の間の小道を押す不便さ
- もっと気短なおっさんが私達の順番を飛ばして窓口に行って文句こいたら、そいつの用事を先に済ませやがった
- 自動販売機には砂糖なしのドリンクがないし、水飲み器もない待合室。。
- データの入っているコンピュータが有るのに、なんでこんなにいろんな窓口回らにゃいかんの?が私のBIG questionである。
- もうひとつ人災的な2nd questionは住民票移動に際して、「ではこことこことこことこことこことここにお回り下さい。どこも変更後の住民票は必要ありませんよ」と言った階下のお姉さんの言葉は大間違いで実は住民票が必要だと2階で3つ目の窓口で待った挙句に追い返されたこと。
階下に戻ってまたもや順番を待った挙句に別のお姉さんが「どうして住民票が必要なのですが?そんな訳はない。ちょっと待ってください」とここでもカウンター奥で相談する職員たちに待たされて、結果住民票の必要性を知ったお姉さんにも「本人さんがこの場に居ないなら委任状が必要です。」と言われて、 - 互いの業務を把握してないなら知ったかぶりすんな、と言いたかった。
- これらのハードルをクリアするために、お年寄りは、あるいは一人で色々と回れない人は、前もって委任状なるものを多数発行するべきであろうか?
- 判子なんて3Dプリンターでも簡単に模造できるようになったのに、いちいちどの判子でまっすぐに、とかやってる必要ある?
- 番地と番の違いにこだわるのは素敵な文化でもあるけど、あの膨大な紙の使用量を軽減することは結果手続きの軽減につながるのではないか。






