今日はハローワークに行ってきました。
一般枠で登録していたのだけれど、精神的ものがあって矢張り不安だったので途中からになってしまったけれど障がい者雇用枠に変更していただきました。前の職場では理解がなく、症状がどんどん悪化していって、途中は自殺を考えたりもしました。結果、生き残ってしまいましたが。多量の飲酒、精神薬、自傷行為を無意識にしていたようで、目が覚めるとあたりは無造作に散らばったお酒と薬の残骸と、血。未だに痕は消えていなくて、去年は新たに四針縫うまでぱっくりやっちゃいました。しかし、縫うという行為がトラウマとなって、それ以降自傷行為はしていません。痛いんですよ、縫うの。その時もお酒と薬をありったけのんでいましたから、記憶が朧気なのですが、縫われているときの記憶だけは鮮明に残っています。注射、嫌いなんですよね。そんな私が縫われるなんて、トラウマ確定です。よかったのか悪かったのか。それでも未だに切りたいという欲求は消えず、薬を処方よりたくさんのみたい欲求も消えず。です。仕事を辞めて自堕落に生活して早1か月以上が経ちました。人とのかかわりが今まで以上に怖くなっていっています。また、社会にでるのが怖いのです。それでも一時期よりか症状も安定してきているし、人間らしくなったのでは、と思います。それでも過去の記憶がフラッシュバックしてきたときの絶望はつらいものがあります。
一番の苦しい記憶は学生時代です。所謂いじめ、をうけてきました。そんなに悪質ではなかったかとおもいますが、わたしには学生のときの記憶が全くと言っていいほどありません。楽しい思い出すらなく、つらい記憶も消え失せています。それが時折フラッシュバックしてくるのですから、不思議ですよね。過去のしがらみを断ち切りたいけれど、それはもう無理なのでしょう。
今生きているのは、「生きるのもいやだけど、死ぬのもいやだ」というものです。つまり、死への恐怖です。しかしそれを通り越してしまうと、生きていても死んでいてもどうせ同じだ、苦しいのには変わりない。と思うようになりました。つまりは、投げやりに生きているのが今の現状です。
私ははじめ統合失調症と診断を受け、その後その後遺症か躁鬱へと変わりました。躁状態のなんと幸せなことか。多幸感でいっぱいのわたしは何をしても大丈夫、眠る時間さえ惜しい、とにかく身体を動かしたい、話したい!所謂超絶ハイテンションな時期があります。それが下り坂になり急に前触れもなく鬱状態へとなるのです。ハイテンションな躁状態が激しいほど、鬱状態の絶望はかなりの苦痛です。無気力、無関心、虚無感。何をしても楽しくないし、なにもしたくないのです。死にたいとすら思えないほどに気分が落ちていきます。それが交互にやってくるのです。いまは、気分の波を落ち着かせる薬をのんでいて、大分落ち着いてきたかと思いますが、職場にいたときは、本当に少しの表情の変化にも厳しくて。最終的には「あなたのフォローにまわっているのが疲れた。」「みんなあなたをフォローして仕事以外でも疲れている。」といわれる始末。福祉の仕事をしていましたから、それは当然かと思います。結果的には「仕事を今月で辞めてください、有給消化はありません。」で辞めてきました。一応、8年以上働いていたのですが。面倒を見れなくなったのでしょう。色々と職場にはご迷惑をおかけしましたし、ここまで続けられたのもやはり周りの方々のフォローあってのことです。退職届は、自ら辞めますと書かされました。会社の都合でしょうか?
わたしはまだまだ治療中です。終わりがみえません。それでも、今はいい先生と巡り合えて、よかったとおもっています。病院によっては合わない主治医もいますから。以前は総合病院の精神科で、主治医がコロコロとかわり、診察も少しの間でした。(待ち時間1時間以上、診察数分)今のクリニックではゆっくりと話しを合わせてくれて。わたしから話せないので、ノートに自分の気持ちを書いて渡しているのですが(本当に映画のジョーカーのように、です)それをくみ取りつつ話していく感じです。
こんなことがあったので、迷ってはいたのですが、一般枠での雇用が怖くなり不安になり。それならばいっそ、初めからオープンにしていったほうが少しは楽ではないかと、思ったのです。
未だに体調の波はありますが、人に会わず自堕落にお家にいるので、そういった面ではストレスフリーな生活を送っています。自棄になるときはありますけれど。なんとか一人暮らしも継続できています。食事は、不健康そのものですが。(それがいけないとわかってはいるのですが、動けない時もあるのです)
精神疾患は目にみえません。一見普通に生活できているようでも、心の中ではいつも意味の分からない不安感、希死念慮と戦っているのです。完全には理解できないでしょうし、鬱は甘えだと思われている方もまだまだたくさんいらっしゃるでしょう。それは、自分が経験していないから、です。
なにをいいたいのか、わからないし、この文章も支離滅裂で最悪なものでしょうし、見ていて気分がいいものとは思えません。
完全に理解しなくてもいいのです。ただ、理解してくれようとしてくれる姿勢がうれしいのです。
わたしは最後にこう言われて職場を離れました。
「正直、あなたの病気は理解できない。」と。