≪高橋みなみ≫



「発表からもう5ヶ月も経ったんだなー」
『想像以上にあっという間だったよ』


 電話の向こうで、敦子が楽しそうに笑う。埼玉スーパーアリーナでの卒業発表から既に5ヶ月。本当に本当にあっという間だった。あの時は、言ってもまだ5ヶ月あるんだからって、そんな風に思ってたんだけど。時間が過ぎるのが早い。18歳を過ぎたぐらいから、どんどんと速く感じる。5ヶ月ってこんなに短かったっけ?いや……7年って、こんなに短かったっけ。
 3日間の東京ドームコンサートが終わりを告げてから数時間。大成功の喜びに、まだ気持ちはフワフワしてる。星空を見上げるようなサイリウム。観客の皆さんが作り出すウェーブと、歓声。一人ひとりの顔を見るには難しすぎたけど、でもここまで支えられてきたんだなって実感できた。そしてAKB48の夢を叶えることができたんだなと、嬉しくて仕方なかった。


「敦子、明日も早いんだからゆっくりしろよ?」
『たかみなもだろ。あ、違った。監督もだろ』
「監督言うな!まだ慣れてへんのやから!」


 一人っきりの自宅で、携帯電話に向かって声を上げる。すでに真夜中近くの時間だ。3日間でかなり体力を使った。もっとか。準備やリハを考えればもっと前からか。本当に疲れてる。早く寝てしまいたいけれど、敦子とずっと喋っていたい気持ちがある。
 今回もやっぱりあったサプライズ。私のソロデビューが決まったり、また組閣したり。敦子の卒業ってだけでかなりのもんなのに、それにもましてのサプライズだった。その中でもやっぱり組閣は胃が痛くなる。心臓にまで負担が来るわ……。
 佐江とまりやんぬの上海移籍。あきちゃとはるご……はるかのJKT48移籍。らぶたんのHKT48移籍。これまでAKB48を支えてきてくれた仲間が、それぞれの考えと共にAKB48を離れて行く。他の48グループへの兼任もある。他の48グループからの兼任もある。敦子の卒業と共に、AKB48が大きく変わる時が来たのだ。
 私自身、チームAのキャプテンを解任になり、AKB48の総監督に就任するとことになった。総監督って……。聞いた瞬間、「何やそれ!」って叫びそうになった。キャプテンならさ、チームをまとめるんだなーってそういう想像は付くけど、総監督って……。


『今まで通りのたかみなで良いってことでしょ?』
「そうなんかなー」
『これからもまとめてけって、秋元先生がそう言ってるんだよ』


 敦子は楽しそうに笑う。電話の向こうで笑う。何言ってんだよ、敦子。今まで通りなんて、そんなことないんだよ。いままでの私には、私達AKB48には絶対的エースがいたんだから……。
 カーテンを開けると、青白く輝くお月様が綺麗に見えていた。半月と言うほど欠けてる訳でもなく、満月と言うほど丸くない。そんなお月様。


「AKB48として、最後の夜だね」
『んー?そうなるのかー』
「随分呑気だなー。明日の今頃には、AKB48じゃなくなるんだぞ」


 そりゃ実感はわかないだろうな。私だって未だにわかないんだから。本当に敦子が卒業してしまうなんて、夢でも見ているみたいだ。できることなら覚めて欲しい夢だ。今夜眠って、起きたときには、何も無かったことにならないだろうか……。


『たかみな、そんなこと言ってるとまた泣くぞ』
「うるせー……」


 泣いた。たくさん泣いた。敦子が卒業すると決まって以来、泣かなかった日の方が少なかったろうな。こんな話をする度に泣いて、テレビで敦子卒業のニュースが流れる度に泣いて、卒業の歌を聴いてまた泣く。涙腺が緩みすぎて、今だって……。
 誰が卒業するときだって、辞退する時だって、涙を私は流してきた。でも今回は誰よりも泣いてる。誰よりも大好きな敦子だから……。総監督としてあんまりメンバーに優劣付けるのはよくないって分かってるけどさ、やっぱり敦子だけは別だよ。


『……たかみな?』
「んー……」
『泣くなよー』


 私の顔を見てる訳じゃないのに、もう泣いてることがばれてる。嫌でも流れてくるんだ。涙。泣きたくなんてないのに。笑顔で見送ってやりたいのにさ……。
 ずっとずっとずっと一緒にいた。結成当初から同い年だからって、ずっと一緒にいた。そりゃ他のメンバーと遊ぶことだって多かったかもしれない。でも敦子とはずっと一緒にいたんだ。エースとリーダーとして、支え合ってきたんだ。私がリーダーの立場に苦しむ時は敦子が慰めてくれて、敦子が潰れそうな時には慰めた。運命共同体って言えるぐらいに支え合って来てさ……一生一緒にいるもんなんだって、そう思ってたんだ。あの言葉を聞くまではさ。


「私、AKBを卒業しようかなって思うんだ」


 一年半前。たまに行く御飯屋さんで敦子がそう言った。一瞬、冗談なのかと思ったけれど……そうじゃなかった。敦子の目を見ればわかる。敦子が思ってること、手に取るようにわかる。あぁ、ついにその時が来るんだ。そう思ったなー。よく覚えてるよ。本格的に女優の道を歩みたいんだって語る敦子を、止める訳にはいかなかった。キャプテンとして、リーダーとして、思っちゃいけないことを思いながら。敦子が卒業したら、AKB48は終わるなって。私達が作り上げた船が、勢いよく転覆するなって思ったね。


「私が卒業しても、AKB48を支えていってね」


 そんなことを言われたら、私は全力で頑張るしかないじゃん。頑張っていくしかないじゃん。敦子がいなくなる船を支えて行く方法がわからないのにさ……。優子がいる。才加や、ゆきりんがいる。麻里子様やにゃんにゃん、ともちん、みぃちゃんだっている。それなのに……敦子がいなくなるだけで大きく変わっちゃいそうなんだ。


「敦子ー……」
『ん』
「私にAKBを支えていけるかな……」


 自信が無い。敦子がいなくなるだけで、今までの自信が崩れ落ちて行く。怖い……。


『大丈夫。私がいなくなっても、皆いるから』
「皆……?」
『皆は皆。優子も居るし、麻里子も梅ちゃんもキャプテンとして支えてくれる。Aには麻友や由依だって来るんでしょ?若い子だって沢山来るんだし、大丈夫』


 電話の向こうで、敦子が鼻を啜ったような気がした。もしかして……敦子も泣いてるんやろか。大丈夫って慰めてくれながら、泣いてるんやろか……。今まで私を励ましてくれていた敦子は笑顔だったのに。こんな時に泣くなんてずるいや……。
 ううん、ずるいのは私の方だ。私は変わらないのに。変わるのは……敦子の方なのに。一番不安なはずの敦子に私は何で弱音なんて吐いてるんだか。そんな場合じゃない。泣いてどうする。励ましてあげなくちゃ。私が一番背中を押してあげなくちゃ。


「敦子、ごめん」
『何がー?』
「弱音吐いてる場合じゃないよな」
『本当だよ。泣き虫だなー、本当に』


 切り替えよう。切り替えなくちゃ。明日、劇場で思いっきり笑う為に切り替えなくちゃ。泣いてたって、苦しくたって、少しでもそう思えれば切り替えられる。少しだけ無理をすれば、気持ちは変わる。無理をして、深く呼吸して……。


「敦子!今日は朝まで話すぞ!」
『えー、疲れたんだけど』
「ダメ!敦子の最後の夜を、私が一人占めするんだ!」
『きもちわるー』


 気持ち悪いなんて言いながら、電話の向こうで思いっきり笑う敦子だった。結成当初はあんまり感情を表に出す方じゃなかったのにな。こんなに笑うようになるなんてビックリだ。いや、まぁ今でもあんまり表に出す方ではないか。それでもここまで笑うようになった。敦子は変わった。AKB48という青春時代を過ごして……。


「ちょっとトイレ行ってくるからさ、5分後にまた掛け直す」
『5分で寝る自信があるー』
「寝るなよ!絶対に寝るなよ!じゃあまた後で」


 私も、寝ないからさ。それと泣かないようにするからさ。5分で思いっきり泣く。思いっきり泣いて、今日の分を全て出しきってしまおう。5分後にちゃんと切り替えて、敦子の背中を押してあげるんだ。私が自信を持つためにも。
 AKB48は変わる。それでも今までの思い出は何も変わらない。敦子といたAKB48。青春。思い出のほとんど。何にも変わらない。私が支えて行く。













あとがき...

今夜ぐらい、たかみなには思いっきり泣いてほしいなと

そんな気持ちで書いた即興小説。

あっちゃん、卒業おめでとう!