帰国してから、10日が経った。
いまさらながら2人で「アレ買ってくれば良かった」と言い出す始末。
帰国の時は、バタバタしてそれどころではなかったもので。
「水煮魚が食べたい」と妻の言葉。
材料がそろわないものね。ということで、今一番欲しいのは山椒の実です。


家のパソコンが異様に遅い。
人のパソコンを捕まえて、居候が言うのもなんですが。
見たら、メモリーが64M。
これでは、遅い。
ということでパソコン屋へ。


128Mで6700円。高すぎる!
負けてくれないかな、中国、128M2枚で150元(2000円)なんだけど。
と思っていたら、バルク品有りとのこと。
値段はなんと、128M2500円。安い。
こんな地方都市でもバルク品が買えるなんて。うれしい。


早速、装着。速くなりました。

で前日に引き続き、他県の採用試験です。
今回の試験は、苦手な(?)数学がなく、
教員経験者ということで論文、集団面接のみです。

ということで、良かったのか悪かったのか、全くわかりません。
発表待つのみであります。

勉強もしないで結果だけを気にする生徒の気持ちが理解できるようになってきて、
少し悲しいです。

職を辞して中国にいくことについてはみなにいろいろ言われたが
その中でも「勇気あるね。」とよく言われた。
でも、「辞めること」自体、そんなに難しいことではない。
問題は帰ってきたときにちゃんと仕事が見つかるかどうか、
それが不安だからみんなこんなことはしないのである。


当然ですね。
だから、あほなんです。ぼくたち。


でも、けっこうあほな人いっぱいいたんです、北京に。
同年代の同じような境遇のアメリカ人に
「わたしみたいなのはアメリカ人でも変わってる方なのよ」
と言っていたのには思わず笑ってしまった。
アメリカ人の印象って「思想は国際的、開放的」ってみんな思ってるものね。
結構保守的らしいですよ、彼ら。
っていうか、アメリカ人ってひとくくりにはできないようなんですが。


というわけで、本当の勇気が試される採用試験を受験しました。
結果はまだわかりませんが、
ま、多分来年も受験するでしょう。

宙に浮いた住所を落とし、国民健康保険を作って最初にしたことは
歯医者に行くことであった。


私の前歯が茶色く黄ばんで(色彩上矛盾するか?)いるのを母親が目ざとく見つけ、
「面接に行くのにそんなみっともない格好でどうするの、歯医者行け行け!」
と言う。妻も以前から言っており、しかたなく歯医者に行く。


私、あまり歯医者の経験が無い。
歯は強いのである。
歯医者が恐ろしいところかどうかもよく知らないのだ。


治療は40分ほどで終わった。
痛くはなかったが、気持ちよくもなかった。


というわけで、歯はきれいになりました。

帰国前から帰国にかけていろいろ書こうと思っていたら、 今になってしまった。 もう帰国4日目です。 帰国前は自分の中にいろいろな思いが交錯して、ちょっとシンドイ時もあったけど、 帰ってしまえば一瞬。 帰国なんて、飛行機3時間。 あらためて近い国だと実感。 この2年間は消極的に言えば、日本の嫌なものから逃げた2年間だし 積極的に言えば、どうしても海外に住んでみたいと思って出てきた2年間だった。 満足か?と言われれば、満足だ、と答えなければバチがあたるでしょう。 これからはもう少し大人になりたいと思っております。(無理かな?みなさん) 新たな出会いもあった。 北京できた友人は多いとは言えないが、すばらしい友人ばかりだ。 今はこの2年間をこれからも大事にしていきたいと思っている。