私にとって、いや家族にとっても忘れられない1年です。
激動の1年でした。
結婚して初めてお正月に🎍家にいた。
毎年主人の実家へ行くのが慣わしでしたが、主人の病気もあり我が家で過ごした。
そしてすぐにふゆが留学へと旅立ちました。
2月にはなつと2人でバンコクへ。
楽しい時間を過ごしました。
その後主人の体調が思わしくなく‥
胃と腸の間が塞がり胃ろうを作る手術をしました。
今となっては最善の方法でしたが最悪の状態を招きました。
既に腹水が溜まりだしていたので胃ろう部分がくっつかず、腹水が頻繁に漏れる状態に苦しみ、点滴からの栄養でみるみる痩せ細り、体力を奪われる状態でした。
GWには余命宣告2回目で、紫陽花の頃と言われる精神的にもキツい状況でした。
GW半ばに退院し自宅で過ごしましたが、20日程で痛みの限界に達し自ら病院へ行きたいと言いました。
5月の末の出来事です。
病院にいると全て看護師さんがしてくれるので随分楽だと言ってました。
そして、痛み止の量も増やして痛みのない時間を過ごしておりました。
退院予定前日状況が大きく変化し、二度と家に帰りことはありませんでした。
転勤から解放されマイホームを購入し6年の出来事です。
6月14日、静かに息を引き取りました。
8月には生前ふゆを見てこいとチケットを取っていてくれてましたので、なつと一緒にNZへも行きました。
その後父が胃がんで入院、手術し、私は転職致しました。10月の話で転職してから早3ヶ月がすぎましたね。
その後、父は痩せ細り体力がなくなり歩けなくなりました。
リハビリ専門の病院へ移り1ヶ月後、退院し自宅で過ごしております。
今月に入りふゆが帰国し、新しいわんこを迎え入れて過ごしております。
1番大きなことはやはり主人の死ですね。
主人を亡くし、必死に生きた半年でした。
未だに手続きは終わらず振り回されています。
そして主人がいない年越しとお正月を迎えます。
ただただ寂しい気待ちでいっぱいです。
昭和、平成、令和を生きた主人、願いが叶うならやはり会いたいですね。