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たぶんだれもかれも、私よりはずっといい人生を送っているだろう。友だちに囲まれて、あのキャンプのときと同じように、やさしい両親と踊ったり笑い転げたりして成長してきたんだろう。
結婚している人も、子どものいる人もいるだろう。波留のようにやりたい仕事についた人も、何かを目指している人もいるだろう。私に比べたら、みんな光輝くような人生を送ってきたし、今もそうだろう。
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否認、それから怒り、その先に抑鬱。癌を告知された患者が、それを受容するまでに至る段階のことを、どこで聞いたのか樹里は思い出せないが、でも、たぶんそんなような感情の移行があったように記憶している。今の私みたいだと、母親からの話を聞いたのちに樹里は思った。何があっても受け入れると、母の話を聞く前に決意したのに、聞いているうちにそれはあっけなく崩れた。
まず賢人に話しを聞かされたときは、私は違うだろうと否認し、母の話を聞いたあとでは、自分でもコントロールできない怒りが湧いた。
なぜ今の今まで黙っていたのか。なぜ隠し通さなかったのか。そんな言葉にしてみたけれど、どの言葉も樹里の怒りを正確にはあらわしていなかった。樹里は自分でも何に怒っているのかわからないのだった。
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「私たち、人生をめちゃくちゃにされたわけだよね」と。「母親たちがそんなへんなクリニックに行ったことは責めないけど、その後が悪かったと思わない?勝手にキャンプをはじめてみたり、急にやめたり。それに私は教えて欲しかった。波留やケンにじゃなく、もっと早くに母親から話してもらいたかった。ねえ、わかるでしょ?」
しかし雄一郎は、わからない。と言った。「おれの人生は…人生っていうほど大したものじゃないけど、べつにだれかにめちゃくちゃにされたわけじゃないよ」と言って、小馬鹿にしたように笑った。小馬鹿にしてなんかいなかったのかもしれないが、でも、サユミにはそう見えた。それでサユミは言い募った。母親に捨てられて、父親にも捨てられて、高校もやめてしまって、今だってその日暮らしで、おそらく波留みたいに有名になることもなく、樹里みたいにまともな結婚をすることもなく、賢人みたいにいい会社に勤めることもない、それがめちゃくちゃじゃなくてなんだっていうの?なんとも思わないの?こんなふうに人生をめちゃくちゃにされて、くやしいとか、腹立たしさとか、ないの?…………………
「誰に何をめちゃくちゃにされたの?」雄一郎は訊き、サユミはこの人は私を馬鹿にしているわけではなくて、ただちょっと鈍いだけなのかもしれない、と思った。そう思ったとたん、気の毒になった。考えることもできないんだ、自分が何をされたかということも。
「馬鹿な判断をした母親と、金欲しさに精子を絞り出したドナーよ」サユミは教え諭すような口調で答えた。雄一郎は正面からサユミを見つめ、口を開いた。
「あんたさ、ずっとそんなふうに生きてきたわけ?」
雄一郎の言う意味を、サユミはわかりかねた。少し考えて、ずっとつらかっただろう、と言われたのだと理解した。理解したとたん、両目からつるつると涙が流れた。
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「親って、自分より賢いとは限りませんからね。子どものころは親ってずっと大人だと思っていたし、親っていうだけで全面的に信頼してましたけど、そうではない人だって親をやってる」
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僕たちはついこういう話型を採択したがる。
でもこの話型をしている限り、きっと僕たちは『父』から離脱できない。
そうですよね?内田先生。


ー毎日新聞社から著書『ひそやかな花園』が出版になっています。この小説は毎日新聞に連載されたものを単行本化したもので。
幼い頃、夏の期間をあるキャンプで過ごした数奇な出自を背負った若者たちの成長、再会、交流を軸に、親と子、夫婦、家族、さらには生きるということの意味を根源から問いかける作品となっておりますが…改めてもう少し詳しく、角田さんご自身の言葉でこの小説のストーリーですとか、登場人物の紹介をしていただけますか?

角田ーえっと、この小説はとくに主人公がいなくて、群像劇というか。30代前半の男女が、ばらばらに生きてる人達が、共通の思い出を持っていて、「あれ?あの思い出ってなんだったんだろう?」って。一つだけ人生で、なにかこうピッタリこないよくわからない記憶がある。
それをそれぞれが「あれは何だったんだろう?」と探すことから始まって、彼らが再会し、「あの会合って何だったんだろうね?」って探し始めてしまったがゆえに、自分の人生に関わる重大な秘密を知ってしまうという話なんですね。
知った後に、彼等はどうやって生きて行くのか?というような小説です。

書く中でひとつ考えたかったのは、何か問題にぶつかったときの対処の仕方っていうのが、遺伝なのか?環境なのか?というのは考えたくて。
非常に前向きに「しょうがないじゃないか、でも頑張ろう」という人と、
「この問題が私を駄目にした」と思う人と、わりとこの小説の中では分かれるんですけども、なぜそうなってしまうのか?というのも考えたかったことなんです。

この小説の場合は、小説の始まりと終わりで、たぶん彼等も成長したし、書いてる私も本当に色んなことを考えて、彼等と一緒に今まで考えなかったことを考えるようになったんです。

どんな問題があったにしても今ここに自分が生まれて、いちゃうんだからしょうがないじゃないかっていう気持ちになってしまって、それはすごく新鮮でした。

ー3年前に出版されてベストセラーになった『八日目の蝉』と共通するテーマもあるかな?という気がしてたんですけど…。そのあたりはどうですか?

角田ー自分の中では、切り離された小説ではあるんですけども…。
最終的にその人を支えるもの、ひとりの人間が大人になって困難にぶち当たったとき、もしくは生きることに絶望を感じたときにその人を、一番根底から支えるものは何か?っていうのはたぶん『ひそやかな花園』と『八日目の蝉』では同じことを言ってるのかな?という気がします。

ー扱ってるテーマは違えど、向かってるベクトルは同じのような気がします。
そうすると『ひそやかな花園』と『八日目の蝉』をセットで読むと角田ワールドもよりリアルに体感できるということですね?

角田ーあ!でもそんな贅沢は申しません!セットでなんてそんな!!どちらかで充分です(笑)