………………………
たぶんだれもかれも、私よりはずっといい人生を送っているだろう。友だちに囲まれて、あのキャンプのときと同じように、やさしい両親と踊ったり笑い転げたりして成長してきたんだろう。
結婚している人も、子どものいる人もいるだろう。波留のようにやりたい仕事についた人も、何かを目指している人もいるだろう。私に比べたら、みんな光輝くような人生を送ってきたし、今もそうだろう。
……………………
否認、それから怒り、その先に抑鬱。癌を告知された患者が、それを受容するまでに至る段階のことを、どこで聞いたのか樹里は思い出せないが、でも、たぶんそんなような感情の移行があったように記憶している。今の私みたいだと、母親からの話を聞いたのちに樹里は思った。何があっても受け入れると、母の話を聞く前に決意したのに、聞いているうちにそれはあっけなく崩れた。
まず賢人に話しを聞かされたときは、私は違うだろうと否認し、母の話を聞いたあとでは、自分でもコントロールできない怒りが湧いた。
なぜ今の今まで黙っていたのか。なぜ隠し通さなかったのか。そんな言葉にしてみたけれど、どの言葉も樹里の怒りを正確にはあらわしていなかった。樹里は自分でも何に怒っているのかわからないのだった。
……………………
「私たち、人生をめちゃくちゃにされたわけだよね」と。「母親たちがそんなへんなクリニックに行ったことは責めないけど、その後が悪かったと思わない?勝手にキャンプをはじめてみたり、急にやめたり。それに私は教えて欲しかった。波留やケンにじゃなく、もっと早くに母親から話してもらいたかった。ねえ、わかるでしょ?」
しかし雄一郎は、わからない。と言った。「おれの人生は…人生っていうほど大したものじゃないけど、べつにだれかにめちゃくちゃにされたわけじゃないよ」と言って、小馬鹿にしたように笑った。小馬鹿にしてなんかいなかったのかもしれないが、でも、サユミにはそう見えた。それでサユミは言い募った。母親に捨てられて、父親にも捨てられて、高校もやめてしまって、今だってその日暮らしで、おそらく波留みたいに有名になることもなく、樹里みたいにまともな結婚をすることもなく、賢人みたいにいい会社に勤めることもない、それがめちゃくちゃじゃなくてなんだっていうの?なんとも思わないの?こんなふうに人生をめちゃくちゃにされて、くやしいとか、腹立たしさとか、ないの?…………………
「誰に何をめちゃくちゃにされたの?」雄一郎は訊き、サユミはこの人は私を馬鹿にしているわけではなくて、ただちょっと鈍いだけなのかもしれない、と思った。そう思ったとたん、気の毒になった。考えることもできないんだ、自分が何をされたかということも。
「馬鹿な判断をした母親と、金欲しさに精子を絞り出したドナーよ」サユミは教え諭すような口調で答えた。雄一郎は正面からサユミを見つめ、口を開いた。
「あんたさ、ずっとそんなふうに生きてきたわけ?」
雄一郎の言う意味を、サユミはわかりかねた。少し考えて、ずっとつらかっただろう、と言われたのだと理解した。理解したとたん、両目からつるつると涙が流れた。
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たぶんだれもかれも、私よりはずっといい人生を送っているだろう。友だちに囲まれて、あのキャンプのときと同じように、やさしい両親と踊ったり笑い転げたりして成長してきたんだろう。
結婚している人も、子どものいる人もいるだろう。波留のようにやりたい仕事についた人も、何かを目指している人もいるだろう。私に比べたら、みんな光輝くような人生を送ってきたし、今もそうだろう。
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否認、それから怒り、その先に抑鬱。癌を告知された患者が、それを受容するまでに至る段階のことを、どこで聞いたのか樹里は思い出せないが、でも、たぶんそんなような感情の移行があったように記憶している。今の私みたいだと、母親からの話を聞いたのちに樹里は思った。何があっても受け入れると、母の話を聞く前に決意したのに、聞いているうちにそれはあっけなく崩れた。
まず賢人に話しを聞かされたときは、私は違うだろうと否認し、母の話を聞いたあとでは、自分でもコントロールできない怒りが湧いた。
なぜ今の今まで黙っていたのか。なぜ隠し通さなかったのか。そんな言葉にしてみたけれど、どの言葉も樹里の怒りを正確にはあらわしていなかった。樹里は自分でも何に怒っているのかわからないのだった。
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「私たち、人生をめちゃくちゃにされたわけだよね」と。「母親たちがそんなへんなクリニックに行ったことは責めないけど、その後が悪かったと思わない?勝手にキャンプをはじめてみたり、急にやめたり。それに私は教えて欲しかった。波留やケンにじゃなく、もっと早くに母親から話してもらいたかった。ねえ、わかるでしょ?」
しかし雄一郎は、わからない。と言った。「おれの人生は…人生っていうほど大したものじゃないけど、べつにだれかにめちゃくちゃにされたわけじゃないよ」と言って、小馬鹿にしたように笑った。小馬鹿にしてなんかいなかったのかもしれないが、でも、サユミにはそう見えた。それでサユミは言い募った。母親に捨てられて、父親にも捨てられて、高校もやめてしまって、今だってその日暮らしで、おそらく波留みたいに有名になることもなく、樹里みたいにまともな結婚をすることもなく、賢人みたいにいい会社に勤めることもない、それがめちゃくちゃじゃなくてなんだっていうの?なんとも思わないの?こんなふうに人生をめちゃくちゃにされて、くやしいとか、腹立たしさとか、ないの?…………………
「誰に何をめちゃくちゃにされたの?」雄一郎は訊き、サユミはこの人は私を馬鹿にしているわけではなくて、ただちょっと鈍いだけなのかもしれない、と思った。そう思ったとたん、気の毒になった。考えることもできないんだ、自分が何をされたかということも。
「馬鹿な判断をした母親と、金欲しさに精子を絞り出したドナーよ」サユミは教え諭すような口調で答えた。雄一郎は正面からサユミを見つめ、口を開いた。
「あんたさ、ずっとそんなふうに生きてきたわけ?」
雄一郎の言う意味を、サユミはわかりかねた。少し考えて、ずっとつらかっただろう、と言われたのだと理解した。理解したとたん、両目からつるつると涙が流れた。
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