善也は母親に手を引かれて知らない家の戸口をまわることを、とくに苦痛には感じなかった。そういう折には母親はとくべつ優しかったし、その手は温かかった。冷たく門前払いをくわされることはしょっちゅうだったが、それだけにたまに親切な言葉をかけてもらうと嬉しかった。新しく信者さんを獲得したときは、誇らしく思ったものだ。これでお父さんである神様も、僕のことを少しは認めてくれるかもしれないと善也は思った。
しかし中学校にあがってほどなく、善也は信仰を捨てた。独立した自我が彼のなかで目覚めるにつれて、社会通念とは相入れない教団独自の厳格な戒律を、そのまま受け入れていくことが現実的にむずかしくなったということがある。でもそれだけではない。いちばんの根本の部分で、善也を決定的に信仰から遠ざけたのは、父なるものの限りない冷ややかさだった。暗くて重い、沈黙する石の心だった。息子が信仰を捨てたことは母親を深く悲しませたが、善也の棄教の決意は揺るがなかった。
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男は車を降りると、あたりをみまわすこともなく、コンクリートの塀に沿ったまっすぐな道路を前方に向けて歩いていった。
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あたりには人の生活の気配はなく、まるで夢の中でとりあえずしつらえた架空の風景のようだ。
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善也にはわけがわからなかった。こんな何もない寂れた場所でタクシーを降りる理由がどこにあるのだろう?この男は家に帰るのではないのか?
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金網の向こうは広々とした野原だった。いや、ただの野原じゃない。何かのグランドのように見える。善也は淡い月明かりの下に立ち、目を凝らして周囲を見まわしてみた。男の姿はどこにもない。
そこは野球場だった。善也が今立っているのは外野のセンターのあたりらしい。
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善也はコートのポケットにりょうてをつっこみ、息をひそめ、何かが起こるのを待った。でもなにも起こらなかった。彼はライト側を眺め、レフト側を眺め、ピッチャーズマウンドの方を眺め、足もとの地面を眺め、それから空を見上げた。
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男は消えてしまったのだ。跡形もなく。田端さんがここにいたら、こう言うだろう。だからね、善也くん、『お方』は予想もつかないかたちで私たちの前に姿をお見せになるんだよ。
でも田端さんは三年前に尿道ガンで死んでしまった。その最後の数ヶ月、はたで見ているのもつらいほどの激しい苦痛の中にあって、彼は一度たりとも神を試さなかったのだろうか?この苦しみを少しでも軽減してくださいと神に祈らなかったのだろうか?田端さんにはそれを祈るだけの資格があるように善也には思えた。あれほど面倒な戒律を厳格に守って、神様と密接な関係を結んで生きていたのだから。
それにーと善也はふと思うー神が人を試せるのなら、どうして人が神を試してはいけないのだろう?