最後に僕のいちばん好きな歌詞をあげておく。

なれないスーツと ひどいドシャ降りで なんだか疲れきってしまった
式の帰り道で 誰かがいい出して うすぐらい中華屋にはいった

“ねえ 最近仕事はうまくいってるの?" うまくいってやしないけど
ぬれた靴の中が かわいてしまうまで ぼくらはどうでもいい 言葉をつないだ

通りに面した ガラス窓がくもって ぼんやりと世界を隠した

昨日の夜も 去年の今頃も 似たような話をしていたかも…… (「ぬれた靴」)


こういうのってまさにスガシカオ的な世界だなと思う。いいですね。曲を聴いていると、情景がすっと目の前に立ち上がってくる。
どこにでもある、なんでもない情景なんだけど「ひょっしたらなんでもなくないかもしれない」という、ちょっと不思議なリアリティーがふと感じられる。靴の中の濡れた感触と、曇ったガラス窓のけだるさが、何かの予感のように、あるいは既に起こってしまったことの(しかしなぜか喪われてしまった)記憶のように、肌にじわっと伝わってくる。平明で散文的な言葉で語られる、ソフトなラディカリズムのようなものが、たしかにそこにある。その世界に有効な出口みたいなものはあるのだろうか?
僕は知りません。とりあえずは「ぬれた靴の中が かわいてしまうまで」言葉をつなぐしかないんだよね。

…終わり
(村上春樹著『意味がなければスイングはない』より)