村上
僕は賞を貰ったり、受賞式に出掛けていってスピーチしたりするのは、元々全く好きじゃないんです。できるだけ静かに暮らしていたい。そういう人間です。十五年前ならこの受賞も最初からお断りしていたかもしれない。ではなぜあのとき断らなかったかというと、昔とは違って、自分のなかに責任感のようなものが生まれていたからだと思います。そんなふうに感じるようになったのは、やはり『アンダーグラウンド』を書いてからですね。あの仕事を終えたとき、自分がやるべきだ、引き受けるべきだと感じたことは、たとえ好きじゃないことでも、気が進まないことでも、ある程度頑張ってやらなくちゃならないんだと、そういう気持ちが生まれた。
でもイスラエル軍のガザ進攻が始まったとき、やはり受賞は断ろうと思いました。イスラエルの軍事行動にはもちろん賛成できなかったし、紛争の当事国の紛争の真っ只中にある都市に出かけていって、文学賞をもらうことなんて僕としてはできません。でもそれと同時に、逆にこうなったからには、しっかり賞を受けなくてはいけない、その場所にでかけて、自分の言うべきことを言わなくてはいけない、そういう思いもあった。そのふたつの選択肢のあいだで、正直ずいぶん悩みました。でも結局、僕は現地に行ってみることにした。そこで何が起こっているか、自分の目で見てみよう、そして自分なりの意見を自分なりの言葉で述べてこようと。それは僕にとってはひとつの挑戦だったんです。…
エルサレム市長が…「あれこそ小説家のスピーチだ」と言ってくれました。卵と壁があったら、卵を支持するのはあたりまえだという意見もあります。でも本当にそうなのかなと思う。卵と壁があったとき、自己責任を背負って、百パーセント卵の側に立てると断言できる日本人がどれだけいるだろうと個人的には思っています。僕だって絶対という自信はありません。
卵を支持するというのは、気分的なものではだめなんです。それなりの決意と、最後まで責任をとる覚悟が必要です。僕は地下鉄サリン事件の実行犯の裁判を聞いていて、そのことを強く感じました。この人たちがやったことはまぎれもない悪であり、許さないことだ、それでもなお僕は彼らの側に立ってものをしっかり考えなくてはいけないんだ。そのことで被害者の人に糾弾されたとしても、社会に糾弾されたとしても、その気持ちは変えられない。その気持ちが『1Q84』の中にもずいぶん入っている。