村上
青豆は、自分のまわりで世界を閉鎖させるまいとする意思がきわめて強い女性です。子どもの頃、彼女は親によって、「証人会」という宗教団体の世界に閉じ込められ、信仰を強制されていた。でも、十歳のときに天吾と手を握りあったことがきっかけになって、そこから抜け出そうと心を決めます。そのときサーキットが開けるんです。彼女はその「開けて出ていく」という感覚を鮮やかに持ちつづけている人です。彼女が生きていくにあたって、それが何より重要な資格になります。自分の頭で考え、自分で判断することが。
でも、そんなふうにして生きていくのは非常にきついことです。それはあるときには激しい怒りを引き起こり、彼女は確信的に連続殺人を犯すことになります。性的な饗宴めいたことにものめり込んでいきます。それでも彼女が正気を保ち、自己を確保しつつ生きていけるのは、天吾と手を握りあったときに感じた、人と人とのコミュニケーションの温もりや深さを、信じ続けているからです。
天吾には、そこまでの怒りや混乱はありませんが、それでもやはり自分自身を開いていかなくてはという思いは強くあります。だから自分を狭い世界に閉じ込めようとする父親から離れるべく努力するし、完結した静謐な数学の世界から、混乱に満ちた物語へと移行していきます。…
その二人が『1Q84』という世界をそれぞれどのように生き抜いていくか。システムの中で個人を貫くという、孤独きわまりない厳しい作業に耐えながら、どのように心の連帯をいま一度手に入れるか、『1Q84』は、結局そういう流れの話だと思うんです。実際に書いているときには、そんなこととくに考えませんでしたが。