『火葬が終わり、安達クミと二人で残された父親の骨を拾い、小さな骨壺に収めた。…天吾はその骨壺を所在なく抱えたまま、安達クミと一緒にタクシーで駅に向かった。
「あとの細かい事務的な処理は私の方で適当に済ませておく」と安達クミはタクシーの中で言った。それから少し考えて付け加えた。「よかったら納骨もしておいてあげようか?」
天吾はそう言われて驚いた。「そんなことができるの?」
「できなくはない」と安達クミは言った。「家族が一人も来ないお葬式だって、まったくないわけじゃないからね」
「もしそうしてくれたらとても助かる」と天吾は言った。そしていくぶんうしろめたくはあったが、正直なところほっとして、骨壺を安達クミに手渡した。おれがこの骨壺を目の前にすることはもう二度とないだろうと彼はそのとき思った。あとに残されるのは記憶だけだ。そしてその記憶だっていつかはちりのように消えてしまう。
「私は地元民だから、大抵のことは融通がつけられる。だから天吾くんは早く東京に帰った方がいい。私たちはもちろんあなたのことが好きだけど、ここは天吾くんがいつまでもいる場所じゃない」
猫の町を離れる、と天吾は思った。
「いろいろとありがとう」と天吾はもう一度礼を言った。
「ねえ天吾くん、ひとつ私から忠告していいかな。忠告なんてがらじゃないけどさ」
「もちろんいいよ」
「あなたのお父さんは、何か秘密を抱えてあっちの側に行っちゃったのかもしれない。そのことであなたは少し混乱しているみたいに見える。その気持ちはわからないでもない。でもね、天吾くんは暗い入り口をこれ以上のぞき込まないほうがいい。そういうのは猫たちにまかせておけばいい。そんなことをしたってあなたはどこにも行けない。それより先のことを考えた方がいい」
「穴は閉じられなくてはいけない」と天吾は言った。
「そういうこと」と安達クミは言った。

「そんなことをしてもあなたはどこにも行けない」と安達クミは言った。「それよりも先のことを考えた方がいい」
でもそうじゃないんだと天吾は思う。それだけじゃないんだ。秘密を知ったところで、それはおれをどこにも連れて行かないかもしれない。それでもやはり、なぜそれが自分をどこにも連れて行かないのか、その理由を知らなくてはならない。その理由を正しく知ることによって、おれはひょっとしたらどこかへ行くことができるかもしれない。』