『彼女は子供の頃から、装飾のない簡素な生活に慣れていた。禁欲と節制、物心ついたときにそれがまず彼女の頭に叩き込まれたことだった…家が貧乏でそういう生活を送ることを余儀なくされているのなら、それはまあ仕方ない。しかし青豆の家は決して貧乏なわけではなかった。父親はエンジニアの職についていたし、世間並みの収入も蓄えもあった。彼らはあくまで主義として、そのようなきわめて質素な生活を送ることを選んでいたのだ。いずれにせよ、彼女が送っている生活は、まわりの普通の子供たちのそれとはあまりに違いすぎた…だから彼女は両親を憎み、両親が所属している世界とその思想を深く憎んだ。彼女が求めているのはほかのみんなと同じ普通の生活だった。贅沢は望まない。ごく普通のささやかな生活があればいい。それさえあればほかには何もいらない、と彼女は思った。一刻もはやく大人になって両親から離れ、一人で自分の好きなように暮らしたかった。食べたいものを食べたいだけ食べ、財布の中にあるお金を自由に使いたかった。好みにあった新しい服を着て、サイズのあった靴を履いて、行きたいところに行きたかった。友達をたくさんつくり、美しく包装されたプレゼントを交換しあいたかった。しかし大人になった青豆が発見したのは、自分がもっとも落ち着けるのは、禁欲的な節制した生活を送っているときだという事実だった。彼女が何より求めているのは、お洒落をして誰かとどこかに出かけることではなく、ジャージの上下を着て、自分の部屋で一人だけの時間を送ることだった。…こんなものは本当は必要ないんだと思う。クローゼットの中の小綺麗な衣服や靴を見ると胸が痛み、息苦しくなった。そのような自由で豊かな光景は、逆説的ではあるけれど、何も与えられなかった不自由で貧しい子供時代を、青豆に思い出させた。
人が自由になるといいのはいったいどういうことなのだろう、と彼女はよく自問した。たとえひとつの檻からうまく抜け出すことができたとしても、そこもまた別の、もっと大きな檻の中でしかないということなのだろうか?』


……僕の場合はゲームセンターが苦手。ガチャガチャマシンが苦手。おもちゃ売り場も少し苦手。最近、子供とイオンに行ってその気分に気づいたんだ。
昔、午前中の奉仕が終わるとスーパーでお菓子をひとつだけ買ってもらえた。
戦隊モノのオマケがついてないヤツを選んだ。
…本当は欲しいのはソレだったけど。