ほとんどの人が学生時代を過ごした事があると思いますが、俺も学生時代を過ごした事があります。

中学生の頃の話なんですけど、当時、部活はブラバンに所属していた3年生の頃です。

パートはパーカッション(打楽器)でした。

入部した時に楽譜が読めなかったので、パーカッション。ありがちな流れです。



3年生になってからは、パートリーダーをするようになりました。

校外の顧問がいて、夏休み中に県内のいろんな学校のパーカッションの指導に連れて行かれた記憶があります。

当時、中学3年生だったのに、他の高校の人達や中学校の人達に色々教えていたなんて今では信じられない出来事でした。

顧問が運転する車で片道3時間という鬼のように遠い学校もありました。勿論、移動中の車の中の俺の頭の中では、

ドナドナが壊れかけのレイディオのようにエンドレスに流れていました。



そんなこんなの中学3年生の時の春に新入部員としてパーカッションにも3人の女子と1名の男子が部員として加わることになりました。

俺が入った時よりも部員が多くなっていたせいか、その当時は誰でも希望のパートに入れるようになっていました。



全体で演奏を合わせる時は、週に数回な感じだったので、ほとんど各パートごとでの練習時間でした。

パートごとの練習は、各パートリーダーにお任せなので、俺は自分で練習メニューを考えて実施していました。

俺と同学年の男子1名と2年生の男子2名、1年生の男子1名と女子3名の計8名のそれなりの人数でした。



まぁ、いろいろなことがあって夏休み中のブラバンのコンテスト大会も秋の文化祭時の演奏会が終了すると3年生は部活を卒業となるわけです。

あとは、高校受験に猫ひろしまっしぐらです。



中学3年生の最後の三学期も入り、残すところ数か月で卒業という時のことです。

昼休み時間に下級生の女子が来ました。

新入部員としてパーカッションに加わった3人の女子のうちの途中で退部した女子です。


「〇〇先輩!ちょっと来てくれますか?」  


呼び出し?俺、なんか怒られちゃうのかな?と思いながら、その元部員の後輩の後を付いて行きました。

着いたところは、別館にある理科室でした。

(因みに当時の中学校はマンモス校で、1学年350名以上で約1000名が通学していました。)



その元部員の後輩が理科室の扉をガラガラと開けると中にいたのは、

新入部員としてパーカッションに加わった3人の女子のうちのひとりでした。

その女子は、才色兼備な女子としても全学年にも名前が知れていた後輩でした。

ルックスは綺麗系でしかも毎回テストの度に学年でいつも上位5番内にいるスゴイ後輩でした。

(1学年350名以上で常に上位5番内だよ!?いつ勉強しているんだ。信じられん。あと、同級生からあの後輩に会わせろとか言われるし、彼氏はいるのか教えろとか言われるし、そんなん知らないし、聞くことしないしと思っていた。)




「受け取ってくれますか?」


ん?何のことかサッパリわからなくて、何か俺にくれたんだと思い、


「ありがとう♪」


と受け取り、可愛くラッピングされたプレゼントを貰いました。受け取って後輩女子2名は、パッといなくなっていました。早っ!


学校から家に帰り、才色兼備の後輩からプレゼントの中を見るとチョコレートと手作りマスコットが入っていました。



ん?なんでチョコレートなんだろう?もしかして多く買いすぎたからくれたのかな?


と思っていた。

(翌1年後の高校1年生になってから世の中には、バレンタインデーというチョコレート会社の陰謀説もあるがそういうイベントの日があることを知った。)



 
なんだかんだで中学生最後の卒業式も校舎の窓硝子も割られることや盗んだバイクで走りだす人もいなく荒れることなく無事に終了し、在校生に見送られながら校舎から校門へ向かう途中

あの才色兼備の後輩が走って俺のところ駆け寄り来て



「〇〇先輩!〇〇先輩の第2ボタンくれますか?」


ん?何のことかサッパリわからなくて、この後輩はボタン好きで世界の色んな種類のボタンを集めているんだ~そうか協力しようと思い、


と思っていた。

(この日から3年後の高校3年生になってから世の中には、女子が好きな男子の第2ボタンを卒業式でゲッチュする日本古来の儀式が伝承されていることを知った。)



「いいよ♪」


と後輩女子にあげました。御礼と満面の笑みを貰いました。

握手してください。と言われたので握手をした時、

雪に囲まれた冬景色の中の後輩の手が優しく温かく感じ思わず「温かいね」と言ったのを覚えてます。




なんだかんだで高校1年生となり、なんだかんだで夏休みとなり

夏休み中のある日になんでか突然、映画を観に行きたい衝動が出て

あの後輩の家へ電話した。しかも屋根に布団敷いて寝ていたが起きて、中途半端な時間帯に電話した。

本人が留守だったり、親が出たりしたら、怖い男性が出たりしたら、行くの辞めようと思っていたが、

本人が出た(笑) で、前置きなく



「え~、え~っと、〇〇さん?本人?」

「はい、〇〇です♪本人ですよ♪」

「明日一緒に映画観に行かない?」

「はい。わかりました♪」

「ん?、、、〇〇駅〇〇時に集合でいい?」

「はい。〇〇先輩、私でいいんですか?」

「うん。では、明日またね。」

「はい。明日♪」


恐らく電話で1分も会話していなかったと思う。(笑)

今だったら、もう少しまともに話せていたかも、、、残念な俺。

なんだかんだで後輩と一日おでかけしました。  以上!




高校2年生に進級する直前の3月に家族全員で引っ越しすることが決まり

うちの弟がその才色兼備の女子後輩から預かってきたというものを受け取った。

(うちの弟とその女子後輩とはクラスは違うが同学年だったので)




かわいくて大きめの封筒には、かわいいノートが入ってました。

ノートには、手書きで文字がびっしり。よく見ると後輩の日記みたいなものでした。

入学式のこと、練習のこと、合宿のこと、大会のこと、演奏会のこと他、色々と

俺がこんなことしていたとか、こんなこと言ってくれたとか、こんなことして励ましてくれたとか、こんなことして笑わせてくれたとか、

たくさん書いてあった。すごく驚いた。パソコン入力じゃなくて手書きだよ~。コピペとかじゃないんだよ~。

俺、このノートを勝手に【感激ですノート】と名前を付けて言っている。



最後のページに、日記は大切にしたいから、全部丸写したという事実。

あと、後輩の母親が凄く厳しい人らしくて、部活は絶対ダメ。毎日、学習塾へ行ってほしいという考えの人らしくて

部活を続けられている理由について、後輩と母親との決め事を作ったからというのを、そのノートを見て初めて知りました。




【テストで学年5位以内に入れなかった時点で即部活を退部すること】



そんなん知らなかったよ~。


弟に言われた。



「〇〇さん。アニキのこと好きなんだと思う。アニキ、、、鈍すぎ。」



時既に遅し、翌日、家族全員で見知らぬ土地へ引っ越しした。また、ドナドナの気持ちになった。








数年後(引越しから7~8年後?)



後輩が大学卒業の頃、初めて手紙が届きました。

そして、それは後輩から貰った最後の手紙になりました。



封筒の中には、1枚の便箋に女子の後ろ姿のイラストが描かれていました。

その下には、3行の文章だけが書かれていました。




『心はなれて あなたのこと見えなくなる。

〇〇先輩に逢えたから、ここまで来ることができました。

ありがとうございました。もう振り返りません。』



あれから数年、3行の言葉の最初の1行目の文章の意味がよくわからず

次第に記憶も薄くなって忘れかけていました。




ラルクアンシエルのhydeがソロ活動としてライブをしていたのは、知っていましたが、行ったことがないんです。

HYDEは、自分の曲以外にカバー曲も唄ったりしているそうです。リスペクトですね。

モトリークルーやニルヴァーナとか唄っていたのは知っていましたが、日本の曲も唄っていたことを知り

調べましたよ~♪

そしたら、小田和正が作った歌だそうで

(そういえば、hydeは小田和正のファンとか聞いたことあるな~)




『心はなれて』




だとわかりました。


ん?何か見たことあるような言葉な気がするんだけど?


探して聴きました。歌詞を見ました。





かなり時間はかかったけど、3行の文章の最初の1行目の文章の意味の謎が解けたんです♪



イイ歌なので、カラオケで唄ってみました。



昨日、ラルクの映画を観て来ました♪

hydeの考え方や思いが知れて良かったです♪









おしまい