この季節になると必ず思い出すことがあります。

地方から関東へ高校生の頃に引っ越して、それなりの学生生活を過ごし、就職し、数年経過してから久しぶりに田舎に戻った。

同じ町の友人に会うことも田舎に戻る目的のひとつでもあった。

小学校、中学校と同じ学校でもあり、中学生時代は同じブラバンで部活をしていた。
たまに体調を崩して入院することもあった。3年生になると入退院の頻度が多くなった。何度かプリンを持参して病院にお見舞いに行ったことも懐かしい。病院に行くといつもお母さんが笑顔で迎えてくれていた。

田舎なので当時はバスの本数もなく歩いていたものだ。社会人になった自分は宿泊しているホテルの近くでレンタカーを借り運転して、友人宅へ向かった。
遠かった道程も車だと意外と距離がないんだなと思いながら車を走らせた。

友人宅に着き、玄関で声をかけた。田舎にはドアチャイムを設置している家はあまりないのだ。
しばらくすると友人のお母さんが笑顔で現れた。一瞬、訪問者が誰だか気がつかなかったようだ。
自分のことがわかるととても喜んでくれた。
それもその筈、田舎を出てから10年以上は会っていないのだから
友人宅には訪問することは事前に連絡していなかったのだ。

友人の所へ案内してくれた。

学生の頃の写真が所狭しと飾ってある仏壇の中央には、永遠に笑顔のままの友人が写真に収まっていた。

自分は、紙袋からプリンを取りだし仏壇に供えた。

田舎に戻る数年前に自分の母親から亡くなったらしいと聞かされていた。その時の自分の年齢は、16才。

友人は16才で短い一生を終えたのだ。

友人のお母さんは、思い出すと辛い筈なのに当時のことを話してくれた。

女子高に通って暫く入院することもなかったそうだ。体調の心配事があってブラバンも入部しなかったそうだ。

庭の向日葵が元気に満開になっていた雲ひとつない青空の朝、朝ごはんの時間になっても起きてこない友人を部屋に迎えに行ったが、既に冷たくなっていたとのこと。急性心不全だった。

友人のお母さんが仏壇に沢山貼り付けてある写真を1枚手に取り、娘がよく眺めていた写真だと手渡された。
そこには楽器を手に取り笑っている友人がひとり写っていた。この時は元気だったんだよなと思い出すと
友人のお母さんが写真のある部分を指差し、「ここに写っているの、あなたでしょ?」と
「えっ?」と思いながら再び見ると中学生の自分が本当にいた。スゴく驚いた。

それから友人のお母さんと暫く話をしたが、何度も言っていたのが、生きていた限られた時間の中で女性として恋愛を経験させてあげられなかったことが悔やまれる。
と笑顔だったのが泣き顔で話していた。

自分は、言葉が見つからなかった。


人は生きていると

笑ったり、怒ったり、泣いたり、嬉しくなったり、悲しくなったり、温かくなったり、冷たくなったり、落ち込んだり、元気になったり、喜んだり、嘆いたり、切なくなったり、イラついたり、驚いたり、心配したり、心配されたり、嘘ついたり、嘘つかれたり、好きになったり、嫌いになったり、くっついたり、別れたり、大声だしたり、独り言言ったり、信用したり、裏切られたり、ケンカしたり、仲直りしたり、お洒落したり、ひきこもったり、お願いしたり、お願いされたり、相談したり、相談されたり、ランチしたり、お酒飲んだり、酔っぱらったり、内緒にしたり、カミングアウトしたり、噂ばなししたり、騙したり、騙されたり、料理作ったり、料理食べたり、遊んだり、感動したり、掃除したり、散歩したり、買い物したり、本読んだり、音楽聴いたり、引っ越ししたり、寝坊したり、二度寝したり、宿題したり、サボったり、ヘアスタイル変えたり、ネイルしたり、模様替えしたり、貯金したり、旅行したり、寝癖ついたり、つまらないギャグ聞かされたり、ゲップ聞いちゃったり、オナラしちゃったり、新しいことにチャレンジしたり、、、、、、


いろんなことできるのに


本人が望まない不本意な死も確実にあるんです。


だから命は大切にしてほしいです。


おしまい