「PLURALITÝ 著オードリー・タン、E・グレン・ワイル」を読む
対立を創造に替える、協働テクノロジーと民主主義の未来
帯の広告
表
世界は一つの声に支配されるべきではない。
権利、通貨、コミュ二ケーション、投票、市場、メディア、環境、学習、政策
起こりうる未来を全検証
裏
真の調和とは破砕を避けることではなく、多様な声を積極的に束ねて共通の目的に向かうことにある。
日本こそが、次なる道を照らし出す存在になりえると強く信じている
・・・・オードリー・タン
プルラリティは、世界中のめまいがするほど多様な文化から引き出した伝統を、完成させ、折り合わせ、慎重にハイブリット化して改善するという昔ながらの日本の誇りと共通するものだ。・・・・・E・グレン・グレン・ワイル
「Plurality]は、いま日本で読む価値のあるほんでる。読者には、「社会的差異を超えたコラボレーション」として本書を日本の文脈に取り入れ、発展させることが求められている。
表紙裏
「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインせよ
現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である
pluralityとはなにか
解説の中から引用
率直に翻訳すれば「多元性」や「多数性」を意味するが、本書ではその意味を拡張している。
すなわちpluralityとは、「社会的差異を超えたコラボレーションのための技術」である
爪を立てる
本の最初のページに表紙と同じ色の文がある。
ここがこの本の一番言いたいことだろうと推測し引用する。
(引用)
プルラリティ・・・・多元性の調和が生み出す、新たな未来
世界は一つの声に支配されるべきではない。
対立を創造に替え、あらたな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ
空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と響老の仲介者であるべきだ。
複雑な歴史と幾多の分断を超えてきた台湾
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
ヒトの声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さを救い上げる。
多様な声が響きあい、民主的な対応が社会のゆく道を決める。
ひるがえって日本
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観・・・・。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会の分断をいまだに越えられずにいる。
しかし伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。
プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。
「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり新たな地平を拓く。
信頼は懸け橋となり、対話は未来を照らす光となる。
現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。
唐突に言う。
トランプ大統領の言う<ディール>の臭いが抜けないのは何故だろう?
ウインウイン結果が出せる関係というのはお互いの世界に帰った時に、100%自分お望みはかなえられなかったが、そこそこの結果が出せたということなのだと思う。
目標とする着地点が違う人がそもそも目的地変更はできるのか?
それで、100%納得できるのか?
妥協には、くすぶるものがある。
そういうことではなくて、生活基盤とか社会インフラとか、エビデンスベースの優先順位決定方法とか、透明性を持った証明とか・・・・支えるものを分け合う関係ならわかる気がする。
その結果として得られるのは、より独自性を持つヒトを育てるための共通基盤の強化だろうと推察できる。(地域性や、歴史からくる優先順位の結果として。)
ヒトの地域特性は相当洗練されても抜けきらない。
それがアイデンティティといえばそれでいいのだが、引きずっている歴史とか風習というのは
先人がその時代を生き抜いた経験であって、残すに値するかしないかは議論が残ると考える。
今あるものを分け合う、奪い合う、取引する。
のではなく、新しいものを生み出す。そこに比重を大きく賭ける。
そんなことを考えさせられた。
創造してゆくしかないと言ったら暗く感じるが未来を創造してより良くすると考えれば、楽天的になれる。
結局、ベースに透明性とエビデンスベースで共通基盤を多く共有している社会が、未来を気付く可能性が高い。
個人が豊かになって、人との距離を自分の感覚で維持できる自由感を持った個人が未来を気付きやすいのだという仮定を覆す事は出来ない。
まずは経済的な個人の自由からか?
少なくとも経済的自由を持つ能動的な生活者が相当数いれば何かに引きずられることない意見や行動が生まれる。
それは、ポジショントークを打ち消すことができるので、取引や従属や歴史的拘束からも脱した創造的未来の可能性を広げる。
本の帯にある<帯にある世界は一つの声に支配されるべきでない>というには、前提としてエビデンスベースで、透明性の高い社会というのが前提で、その土台なしに簡単に言うことではないのではないかと、本を閉じるときにつぶやく。
