「ナラティブ経済学 著ロバート・J・シラー」を読む
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表
ノーベル経済学賞受賞者最新作!
ナラティブ感染はどう始まり、広がるか
資本主義を動かす物語の力を読み解く
謎めいたビットコインの物語は人々をどう躍らせた?
新技術への恐怖からラッダイト運動は繰り返される?
「清貧の思想」の流行が日本の失われた数十年の原因?
裏
「根拠なき熱狂」
「不道徳な見えざる手」
から
「ナラティブ経済学」
へ
経済変化の真因を思考した
ノーベル経済学者の集大成!
ナラティブをどう発生し、感染させていくか?
何故間違ったナラティブまでもがはやるのか?
何故同じようなナラティブが繰り返されるのか?
経済学がずっと無視してきた物語と経済の関係をついに可視化!
この本の目的を著者はこう書いている。
(引用)(p108)
本書の狙いは、人々が不景気、不況、長期停滞といった大規模な経済事象を予測し、対応しやすくすることだ。
そのために、そうした事象を定義づけるのに役立つ経済ナラティブを見極め、考慮するように奨めたい。
信頼できる出来る形で予測するには、こうした事象の真の究極的な原因について、ある程度の理解が必要だ。
重要な問題は、何が原因で何が結果華夏を見極めることだ。
爪を立てる
著者の考えていることを虫食いながら引用
今日の研究はナラティブの追跡と定量化の面で改良が必要だ
研究者たちはしばしば対立するナラティブや、濃淡や重複のあるナラティブの対処に苦慮している。(中略)
意味情報と記号論の研究が進んでいる。
研究者たちはナラティブを読んで、それを基本的な感情的駆動力に基づき分類定量化するという明示的な支持を受けた。
複数の研究助手を使うことでナラティブ研究を定量化できる。
心理学、神経科学、人工知能の進歩もまた、ナラ構造の感覚を改善してくれる感覚を改善してくれる。公的文書やメディアのインテリジェント検索を提供し、共有ナラティブについての情報を整理するのに役立てる。
本書がしっかりとした学術性と系統的分析へのこだわりを犠牲にすることなく、主要な経済事象の背後にある人間の現実に迫るにあたって本当の進歩の可能性を裏付けられたことを期待したい。
訳者の疑問がこの本の答え
(引用)(P406)
訳者あとがきより
(引用)
マクロで同じことができるだろうか?
著者はできると述べて、様々なナラティブとそれに影響された(と称する)景気変動の例を挙げ、ナラティブ経済学的なアプローチの重要性を指摘するとともに、今後のナラティブ経済学発展に向けた方向性について述べる。
さて・・・・それに説得力があるだろうか・・・・・それは読者のみなさん次第という部分もある。
ただどうしても指摘せざるを得ないのが、本書に挙がったナラティブと経済的な影響との関係が、どれもいささか実証性に欠けるという問題だ。
その相当部分がシラーの思い付きにとどまる。ある時点で何らかのナラティブの盛り上がったことは、記事検索やグーグルNグラムなどの結果で示されることもある。
だが本当に景気や経済に影響したのだろうか?
やっぱりメタデータ解析が答えを出すのではないか?
などと他人任せの事を考えるが、ヒトの行動を、特に集団行動などはメガデータ分析に任せておけば答えが出てくるのではないか?
自動運転よりも易しそう。ただしこの分析結果を誰多ないし少数に人間が独占することは大きな問題が起きそう。
自動運転は皆に利益を還元できるしデータを独占するメリットはあまりないような気がする。
(混乱させることはできるが)
一方、多くのヒットの行動の特性を一部の人が独占するのは大きな問題が深刻な気がする。
再現性を求めるよりも納得できるかどうか?
それこそ数ある人間行動をまとめて分析できれば再現性があるかもしれない。
共同幻想によって完結するとすれば
ヒトは新しい事象を物語として組み立て、理解する。としかいいようがない。
ヒトの行動をビックデータとして纏めきれれば、群れとしての動きとして理解されつつある。
その分析結果を共有できるか、独占する限られた人(小集団)になってしまうかどうかが問題。
解決にはテクノロジーしかないように考えている。
それは従来の学問領域(経済学、社会学、心理学、など)を超えたところで解決されるのかもしれないし、従来の学問領域で成果の取り合いになるのかもしれない。
いずれにしても、人間の能動や、考えを組み立てる順序など、より深く理解するだろう。
今回はデータをうまく活用して物語化して、研究の成果をより身近に感じさせる手段を提供しているように思われる。
今までのデータから言える結論と、AIが根拠なく出すかもしれない推論を見抜く力をどう備えるかは、次の問題。
うまく作られた物語をどう検証するかという問題は、人が何かを理解しようとするとき物語化して理解しているように感じている。
検証できない物語は白とでも黒とでも当分の間、言い通すことができる。
その機会が多くなり、揺れ動く時代に入ったと自覚しておく。
