「半導体戦争 著クリス・ミラー」を読んで確認する

世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防

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半導体は石油以上の「戦略的国家資源」だった。

なぜ、70年以上前の発明にここまで国家は介入するのか?

その技術の本質は?

日本復活の芽は?

いびつな業界構造、発展の歴史

入り組んだ国家間の思惑を、気鋭の経済史家が鮮やかに解説する。

AI時代においては、データこそが新たな石油だとよく言われる。

しかし、私たちが直面している真の制約は、データではなく処理能力の不足にある。

データの保存や処理ができる半導体の数か限られておりその製造工程は目が回るほど複雑で、恐ろしいまでのコストがかかる。

いろいろな国から購入できる石油とは違って、計算能力の生産性はいくつかの決定的な急所にまるまるかかってる。

それは、一握りの企業、ときにはたった一社でしか生産できない装置、化学薬品、ソフトウェアである。

表紙裏

国際政治の形、世界経済の構造、軍事力のバランスを決定づけ、私たちの暮らす世界を特徴づけてきた立役者は半導体だった。

100人を超える、科学者、技術者、CEO、政府官僚へのインタビューに基づいた、衝撃のノンフィクション。

 

 

確認する部分

(引用)

TSMCの新工場に補助金を出す日本の決断の第一目的は、ソニーに便宜を図ることではなかった。

日本政府は、このまま製造のオフショアリング続けば、工作機械や先端材料といった、日本がサプライチェーンの中で確固たる地位を維持している分野さえもが、海外に移転してしまうのではないか、と心配したのだ。

ここの理解は現実的なのだろう。

 

日本が30年以上前に勝ちすぎたための、負の遺産だろう。

勝つというより、戦略的勝ちではなかったし、今も決して戦略的ではないのだろう。

政治・行政の役割も、先々こうなることはよくわかる例として少子化をとってみても、30年前の時点でみても、将来に対しうまく対応したとはとても思えない。

ということは、この先もほぼ同じ傾向が続くのだろう。

社会学者・宮台教授がどこかで言っていた<民主主義は、民度に依存する>のであれば

社会のルール(法律,倫理)も、民度に依存しているし、学者の人文学系学者のレベルも、政治家のレベルも民間起業家も同じような感覚であることはほぼ間違いないだろう。

 

もう一つの心配

創造的破壊から(引用)

経路依存性をベースに考えると、過去にダーティなイノベーションで成功した企業は将来もその方面のイノベーションを追求する公算が大きい。

具体例はださないが、100年の歴史を持つ企業がすべて優良であるかを確かめるよりも新興で立ち上がってきた企業のほうが歴史がないだけその部分の問題はない。

 

先進国と言われた日本のここ30年の姿を見ると、投資先の選別方法も変わってくるのではないか?

 

 

この本の題名にある半導体の企業間競争には年数兆円の研究開発費をつぎ込む力のある企業だけが参加できる。生存競争。

30年前にその競争から降りた日本企業の再チャレンジに賭けるかどうかの判断には個人差が出てしまうだろう。

 

ハード面では量子コンピューター開発企業と繋がってゆくのだろう次の時代に参戦しているのか、データ活用を軸としたソフトウエアに軸足を置くのか、・・・・

やっぱり社内留保でため込むのではなく、投資しておくべきだったのだろう。(人にも)

 

最近言われ始めた

GAFAM→Fを除きNが参入したMATANA それとも、F(M)も入った荒野の7人と呼ばれるグループを、巨大プラットフォーム企業と先端半導体企業を中心とする企業という額縁で見守るのか

それとも

ピーター・ティールないしはスタンフォードグループという枠でみるか、台風の目は当分変わりそうもなく見える。

 

次のテーマは人間(脳、遺伝子関連)と宇宙関連と想像しても、

支えるのは半導体を活用したデータ関連の上に成り立つ。

そんなことを考えている。

 

新しい問題を提案する。

資金を市場から集めなくてもそれ以上の資金を集められるだけの力を数人とか数十人のグループが持ってしまうと、もう誰のコントロールも届かない社会が目の前にある。

その問題に挑戦できるのは政治しかない。

権威主義か民主主義かなどという二項対立ではなく

巨万の資本を持つ少数者と、その他という政治や、投票などと無縁な世界を政治家は想像できるのだろうか?

権威主義と巨万の資本を持つことの親和性は高いと思うが…・どうなんだろう。

 

これからの国内投資先を考える。

地理的拘束、歴史的拘束の強さが瞬発力を生み出せない。

再生する企業、合併しても各々の歴史を引きずる企業。

100年の歴史を持つ企業の中には無くなることで、新しい企業が出来るという新陳代謝があって、より良くなるということもある。

従来のニーズにこたえるだけの企業と、新しい道を切り開こうとする企業に色分けはない。

つまりわかりにくい市場だということだろう。

株主の意見を取り入れない企業に投資する意味はないのだという、明確な意思表示が必要になる。

 

グローバル化の次にローカル化が注目されると勝手に予想する。

国内投資は自分のスキルアップか?

より弱くなった部分を安く手に入れて再生する起業か?

新しい形の家族経営企業の台頭?

であれば、

たとえば、技術力で海外に出る新興企業がそう現れるとも思えないし国内で完結する企業に将来性を見つける。

 

ここでは投資するのではなく、だれもが一人オーナーになって活躍できる手段をグローバル化した社会がスキルを与えてくれていそう。

そこで社会は次のステップに進めそう。

投資家よりも起業家のほうが楽しいに違いない。

 

そんな気がして次の本を探す。

本、それが教科書でも、教えを乞うものではなく、自己チェック、アイデアの提供、アシスタント・コーチだと思えば、買って、ノートのように描き込み、使いこなすのが最良の活用法と原点に返る。

 

<大洋を群れずに回遊する>

 

信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています

 

 

 

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