「わかりあえない他者と生きる 著 マルクス・ガブリエル」を読んで悩む

サブタイトル

差別と分断を乗り越える哲学

表紙の広告

「生まれないほうがよかったのか?

対話できない相手と話し合う方法

人間関係の束縛から自由になる

哲学の機種が示す新しい他者論

第1章 私にとって「他者」とは何か

第2章 我々はいかに「他者」と分かり合うべきか

第3章 家族とは何か、愛とは何か

第4章 自己の感情とどう向き合うか

第5章 宗教や倫理と他者の関係

 

残る言葉

  • 正しい束縛を社会の中でいかに形成するか
  • 道徳が普遍的価値を生む契機となる
 
  • 例えば世界の飢餓を解決することを想像してください。私に飢餓の解決はできません。世界の飢餓を解決するのは私の義務ではありません。全くそうでない。そもそも私に世界の飢餓は解決できませんし、たとえできたとしても、私たち全員がやらなければならないことなど何もないのです。私が今やらなければならないことは常に何かしらあります。ちょうど今は、自分たちが置かれている社会的状況の中でお互いに礼儀を守り、相手を尊重するのは、私たちがやらなければならないことです。(著者にとっては本を書くことのように感じる言い方?)
 
 
爪を立てる
エピローグにこうある(引用)
ガブリエル氏は資本主義の本質を「他者を生み出し、搾取するグループの膨大な数、作り出しているのが、現在の資本主義だ」と喝破し、しかし、我々は気づいていない。市場、あるいは総じて資本主義というものは、ヒトにかかわることを消費者に見えない構造にしている」とその本質を教えてくれる。
情報の非対称性を指摘し、「資本主義の構造の仕組みを知っている者だけが利益を得られる」のである。
そして倫理資本主義の構造を提案している。
 
以下勝手な妄想発言です。
倫理や道徳が創造性を拘束するコトを望みません。
自由や創造性を何より大切にしたい。
著者は言います。
ワクチンは倫理的に善であり開発者は経済的に成功しても構わないが、フェイスブックは2030年までに終わると予言しています。倫理に反する企業がからだそうです。
 
普遍的価値を求めることを否定しませんが、
観念的思考や決定論的思考から創造性は生まれないと考えています。
テクノロジーが貧富の差を起こすといわれても、新しい富を作り上げた人が先取りしているのであれば、問題解決は再分配のシステムにあり、イノベーションを否定するものではないと考えています。
イノベーションを起こすスピードに、社会のシステムがついていけない。
そこが問題なのだから、SNSをコミュ二ケーション手段として良い方向に活用していくことがより良い社会につながるのではないか?
より広い世界での議論と合意が得られるのではないか?
そのためには波が起こるし、その波を見越してその先を考えるのが社会科学ではないのかと考えます。
結局
資本主義をうんぬんよりも民主主義のブラッシュアップが必要なのではと考えます。
 
再度になります。
 
昨年,GAFAMの将来性、社会への貢献度を正確に評価できた人はいるのでしょうか?
株価としてなら・・・少なくとも昨年マイナス評価になっていますが、
その創造性は認められて良いのではないでしょうか。
そして一般的な株価的評価というのは成長率に陰りが見える。と言うところではないでしょうか。
 
<自らのスタンスを保つ>
倫理や道徳が創造性を拘束するコトを望みません。
想像もできなかったことが実現する、その後追いで倫理や道徳が社会的な受け入れ態勢を創る。そんな順番を考えています。
でも問題なのは今、民主主義も、資本主義も危機的問題を抱えていることなのではないでしょうか?
今回思いっきり拗ねてみました。
何故かというと、どうしても指導してやる、ガラスの天井はある。というささやきが聞こえってくる気がするからです。
専門家の意見は大切ですが、従うのではなく参考にするものだし、官僚の最低限のモラルとしてすべて記録は残すとか、‥‥
頼れる情報、頼れる人を効率的(?)に、探し出す手段が求められている。

 

<大洋を群れずに回遊する>

 

信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています

 

 

 

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