「人の心に働きかける経済政策 著翁邦雄」を読む
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表
合理的に満足を最大化させようとする人「エコン」
合理性よりも大事な人間「ヒト」
行動経済学×マクロ経済学
エコント人の行動に働きかける政策は可能か?
裏
この心および期待の「働きかけ」はそっくりにも聞こえる。
しかし、背景としている人間観(ないし経済学)に根本的な違いがある。
その違いを理解し、補完的に活用することは、今後、公共政策を考えるうえでますます重要になっていくはずだ。
な座なら人間には両面があるからだ。
それを示すことが、この本のテーマである。
表紙裏
感染防止のための行動変容を促す国民への心への働きかけと、デフレ脱却を目的とした人々の期待への働きかけ。
この二つの「働きかけ」は背景とする人間観・経済学が違う。
行動経済学の成果を、主流派のマクロ経済学に加味した政策を行う必要がある。
銀行取材、バブル、貿易摩擦、「異次元緩和」などを「働きかけ」の視点から分析する。
著者の行動経済学×マクロ経済学に関する位置づけ
(引用)
行動経済学派既存の経済学にとって代わるべきものではない。しかし、メインストリームの経済学だけでは合理性への偏りが生じる。それを客観的に保管する極めて貴重な知見を提供してくれる分野だと思う。
爪を立てる
素朴な疑問
著者は物価安定の本質を2点に纏めている
(引用)
- 正常性バイアスを壊さない方法で物価のアンカーをゼロ近辺から2%近辺に押し上げる。
- 物価上昇に対しる忌避感を緩和するため物価上昇が実質所得の減少につながらないことが目に見えるフレーミングを作る
安全・安心を強く掲げている社会は思考停止状態に追いやられているのと同じようなものだと思うがどうだろう?
著者の言う合理的満足を最大化させようとする政策は結果を出したのだろうか?
合理的説得は今日までににあったのだろうか?
著者はいう(引用)
合理性よりも大事なものもあるとする、
安全安心思考からリスクを取って前進するというような
人の持つ前進思考に火をつけるには膨大な量のエネルギーが必要だと考えなければならない。
メインストリームの経済学が残した負の遺産は大きすぎて、今のシステムでは返しきれない。
沈む泥船から逃げ出しているネズミが増えるという感触が
<上に政策あれば下の対策あり>と言う諺とともに聞こえてくるか!
それとも著者の心にあるだろう再生の第一歩になるのだろうか?
個人的には
先を見通すアイデアをこの本から探すのは大変だ。
なぜなら
「マイケル・ジャンセンとアメリカ中産階級」の中から引用
行動経済学で言う<人間はしばしば合理性を欠く行動をとる。それゆえに問題の解決には従来と異なる優れたインセンティブを取る必要がある>
とすれば、社会心理学の力を借りたり、哲学やヒトが生物としての誕生から始まる歴史からも力を借りることになる。
専門分野という土台から足を踏み出すと、新たな地平が見えるというより、それまで活用していた、理解したり深化させるための額縁を壊してしまったことに気づくしかない。
広くヒトを知る。
俯瞰する人とは小さなことから積み上げ始めるのか、広いところから精緻さを求めるのかという両極の中のどこかに立ち位置はあるはずだが、それは個人個人がそれぞれに持っていて、自立するというのはわかるが、経済学とは政策を支える学問であるのだから、システムの持つ歴史的・地理的拘束を実証してゆく責任がある。
まさか規範とか言うことはないと信じたい。
学問が学際という曖昧さを含み始めたのは有難いことで今まで枠を使って深化させてきたものが枠を外して広がりを見せる。
テクノロジーが大きな刺激を与えているのは間違いないと考える。
<大洋を群れずに回遊する>
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています
