「アカデミアを離れてみたら 編岩波書店編集部」を読む

副題

博士、道なき道を行く

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路がないなら私がつくる。

21人、「そのとき」「それから」の物語

こんな世界があったなんて

本書には、大学や公的研究機関(いわゆるアカデミア)の常勤研究職にとどまるのではない、さまざまなキャリアをたどった方々の人生が語られている。

本書に登場した皆さんは、自分の進路に苦悩しつつも立ち止まらず、自ら一歩を踏み出し、歩んでいる方々だ。(中略)

本書の著者らの体験は「アカデミアから離れることは人生が終わることだ」という固定観念、先入観、恐怖を取り去ってくれる。

こうした多様な道筋を辿った方々がいることだけでも、大きな希望になるはずだ

 

表紙裏

大学など学術界から「外」に出た博士たちは、何を感じ、どう生きているのか・

研究の経験は、その後にどう生かされるのか。

企業の研究職から官僚、そして指揮者まで、

主に理系の博士合取得者たちが、酸いも甘いもひっくるめて語りつくす。

21人の目は「外」の世界を生き生きと映し出し、そしてアカデミアの今を見つめる。

 

 

 

あとがきにこうある(引用)

どの分野でも、教授や主任研究員になった人は「勝ち組」であり、自らの地位は自分の力で勝ち取ったものだと思っている人が多い。

これまでのべてきたとおり、すでにいま研究を行っているあらゆる世代が、程度の差こそあれキャリアに苦しんできた過去を持つ。

それゆえの「生存者バイアス」や先述の新自由主義的な考え方の広まりであり、研究者として能力のなかった人間のことなど知らぬ、自己責任だという冷淡な態度をとる大学教員も多い。

このような状況の中、いったい何をすれば、苦境に陥った博士やポスドク委、生きるすべを見つけてもらえるだろうか。

その回答が本書である

 

爪を立てる

博士号を持つ研究者が持っているのは、博士号を持たない人よりも人生における選択肢を広げただけではないか?

研究者の世界で生きてゆく<御作法>を身につけただけとの謙虚さはないのか?

一生、自分の好奇心にしたがって生きてゆくと決めてもその先に能力差か、運なのかわからない闘いが待っているのではないか?

それを人生の<上り>で、平穏な生活を手に入れられたように想像するのは少しお気楽な気がする。

なぜこんな言い方をするのか?

平凡な研究者が徒党を組んだり、社会全般に与える進歩に思考停止という枠を作り、社会的既得権の中でその後の人生を隠居者のように考えたりしてほしくないと疑っているから。

 

書店も含めて、研究者たち<知。の創造者が周りを高い塀に囲まれたブルーオーシャンを作って過ごせるほど、ときの流れは遅くない。

何しろ<知の世界>がグローバルな世界を形作っているのだから。

 

何より期待しているのは研究室内にある<知>を、より早く社会に伝えることのできる人たちが多く生まれそうなことだ。

溢れるように伝わることで、社会全体のイノベーションの進むことを願う。

 

 

<大洋を群れずに回遊する>

 

信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています

 

 

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