「自由の余地 著ダニエル・C・デネット」を読む
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表
決定論的世界のなかでも確保できる、
ささやかだが生きてゆくには
それで十分に望む価値のある自由
・・・・デネットの原点
裏
目次
1 化け物に餌をあげないで
2 理性を実践的なものにする
3 コントロールと自己コントロール
4 自家製の自己
5 自由という概念のもとで行為する
6 「ほかのようにもできたのに」
7 われわれはなぜ自由意志を望むのか
背
科学と哲学の二正面作戦
残るフレーズ
引用
”人間には様々な現実的障害がある。
それは形而上学的障害ではない。
政治t歴拘束、強制、誤情報をばらまくことで引き起こされる操作。
餓えや貧困に「強制された」やけくその行動」戦うために、しばしば気づくと着ているもう一つの高速委がなかったら、我々はもっといろいろなことができるはずだ。それは、ほかならぬ自分の自由の行使によって、責任の自覚の中で作り上げた、自分で自分に押し付けている奇妙な種類の高速である。”
”こうした自由への制限に抗して縮減された責任”
”自由意志は幻想ではない”
訳者解説の中から
なんでいまさらこの本を訳すわけ?
…デネット著作の中で本書が一番好きだから
本書のテーマ
・・・・本書のテーマは自由意志だ。
爪を立てる
(引用)
人間の性格がどんなに構成的あるいは創造的であろうと何人も責任はない。
責任はとれない。
ならばこう考えるのはどうだろう。
創造性から生まれるイノベーションは、今までにない便利性と今までにない危険をもたらす。
GPSは行く先までのルートを教えてくれるが、自分の居所を教えてしまう。
原子力発電所は大量の電気を供給するが核兵器の進化の可能性を高める。
技術は生活の便利さに貢献するが、並行してそれまで想定しなかったリスクを抱えさせる。
そんなことは蒸気機関が発明された時代からわかっていた。
解決できないジレンマ
大きく膨らむリスクに対することから逃げるという怠惰な性向は徐々にでも改善してゆくことが求められる現実がある。
安全・安心というのは退行し、思考停止によって得られるものではない。
日ごろから積み重ねた熟慮が求められる。
そうした環境を社会のシステムとして、海岸の砂山であっても、気づく努力でしか解決しないのではないか?
誰かに責任を取らせて終わることはできない。
自分の考えや行動だけで解決できないからこそ、システムや、ヒトの意見が必要なのだろう。
<かけがえのない自由という言葉>の重みを考えるときの重みは、自分が何もしなくても負うものはある。ということなら、やはり助言や支えてくれるシステムが欲しくなる。
こう考えると
訳者の言葉
<…デネット著作の中で本書が一番好きだから>
そんな人のいる専門家の世界が頼りになると感じられる。
<守・破・離>を意識するのは何事にも通ずるとして。
<大洋を群れずに回遊する>
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています
