[教育格差 階層・地域・学歴 著松岡良治]を読む
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表
就学前、小学校、中学校、高校、国際比較‥‥‥
気鋭の社会学者が豊富なデータを基に描き出した「穏やかな身分社会」この国の実態
l 小学校入学時にすでに学力格差が生じている。
l 効率の中学校同士でも大きな「環境」格差がある。
l 親が大卒か否かで、就学前~高校までの格差が拡大
各所で話題沸騰!3万部突破!2020年読書対象第3位
裏
日本の教育の実態を俯瞰的に捉え直した数少ない正攻法の力作である。
読後感は重いが説得力は半端ではない。
教育に興味がある人にぜひとも一読してもらいたい一冊だ。出口治明さん激賞!
豊富なデータが明らかにした「この国の実態」
表紙裏
出身家庭と地域という本人にはどうしようもない初期条件によって子供の最終学歴は異なり、それは収入・職業・健康など様々な格差の基盤となる。
つまり日本は「生まれ」で人生の選択肢・可能性が大きく制限される。
「穏やかな身分社会」なのだ。
本書は、戦後から現在までの動向・就学前~高校までの各教育段階国際比較と、教育格差の実態を圧倒的なデータ量で検証。
その上で、全ての人が自分の可能性を活かせる社会を創るために、取るべき現実的な対策を提案する。
著者の問題意識
(引用)
この国では、実践・政策がどのような意味を持つのかまっとうに検証されないまま「改革」が繰り返されてきた。
そして、研究者が制度の外側から「答え合わせ」をすると「いつの時代にも教育格差がある」のである。
分析可能なデータを定期的に取得していないのは、病変がどれだけ広がっているのか見ようとしない行為だ。放置して悪化させるか、現実を見据えて介入を繰り返すのか、あきらめて単にいつもやっている実践を繰り返すのか、効果があるかわからないが社会全体として試行錯誤の蓄積を増やしてゆくのか、無知のまま諦めるのか、微力であることを自覚しながらもあがいてみるのか、私たちは岐路に立っている。
著者の提案の一つ
(引用)
教員免許状所得に関して教育格差を必須科目とすることを提案している
世間がなんとなく感じている高学歴夫婦の子供、都会と田舎、塾代など教育関係で感じる負担。
都会の高学歴を親に持つことで本や知識を得るための金銭的不自由もなく、塾友がいて向学心の競争が行われる。
孟母三遷の昔より言い継がれていたことを著者はデータで証明した。
この本が教えてくれること
(引用)
一冊の書籍に自分の疑問を解消する知が凝縮されればよいのだけれども、そんな都合の良いものはどこにもなく、乱読の末に、さまざまな社会の仕組みが立脚するものが脆弱であることを知った。
この本ができる過程について
(引用)
著者は大学で教育学を教えていて
教育格差を高SES家庭出身の学生に教えることで、「生まれ」の世代間再生産を強化しているのだ。(中略)
私は教育格差を発信することで、格差の再生産を強化していることになるのだ。
(格差の現実を知って自分の家族や身近な人たちに便益をもたらすかもしれない。住居を決めるとき、学区の大卒者割合を調べて選択するなで)
では黙っていればよいのだろうか.
もし誰も声を上げなければ居住地の分断かが進行することで、穏やかさが失われた身分社会に近づいていくだろう。
それを座して見つめ、自分は手を汚していない。
これは自分の責任ではないと嘯くのか、それとも、自らの行為が内在する有害さを意識し返り血を浴びながら教育と社会の在り方の転換を進める試みに従事するのか…私はずいぶんと長い逡巡の上で、後者を選ぶことにした。
これは崇高な勇敢さではなく、渋々と現実お受け入れた結果だ。
というのも、査読論文もそうだし、この書籍も、特に私が書きたいものではない。
理論と先行研究を読み、この世界に足りないものを粛々と埋めているだけだ。
長い引用になった。
爪を立てる
失われた30年を考えると、
どこに問題があったのか?
誰が問題を深くしたのか?
どんなシステムが問題だったのか?
その赤振り返り検証してくれる人が現れたと感じられる。
それにしてもこの30年、累計で教育に関わっている人はどれだけいるのだろう。
小・中・高の教職員,大学の研究者、文科省、教育委員会、PTA上げれば全ての人が何らかの形でかかわっている。
皆の考えの基本的合ところで、教育格差はあるもので、自分がより良い環境に住むことを考えたり、多くの問題に目をつぶりながら、いかにも<この問題に対する答えはこうだ>と教えたりしてきたのだろうと推測するのは不届きだろうか?
その先に著者の言う(引用)「生まれの世代間再生産を強化しているのだ」という痛烈な指摘だ。
失われた30年というのは一世代を丸々費やしたことになる。
世代交代も必要だ。
人は人を信頼する前提として支えるシステムに対する信頼が必要だ。
たとえ脆弱なシステムであっても。
令和の時代は、「働く一世代」を費やした期を超えて進む方向を必要としている。
著者の言う(飲用) 査読論文もそうだし、この書籍も、特に私が書きたいものではない。
理論と先行研究を読み、この世界に足りないものを粛々と埋めているだけだ。
の言葉に期待する。
書きたいコト、提案したいコト、実践中のこと。
次の本が待たれる。
本当の教育者は、いじめによる自殺はあることを認めないだろう。
より血の通った教育はこうだと示してくれるだろう。
そこには国の方針を無批判に受け入れるというより租借した解釈の中から新しい方法生まれてくるかもしれない。
何せ科目ごとにスーパー先生が一人いればあとは補助教員になってしまうかもしれないという揺さ振りの中にいるのだから。
教育における平等ってなんだ?
人は生まれた時・所・親など、歴史的地理的拘束を受けていて、それ自体がそのヒトの個性とも捉えられているのだから。
だからこそチャンス、サポートは公平にあるべきだ。
<大洋を群れずに回遊する>
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています
