『世界は贈与でできている・資本主義の「すきま」を埋める倫理学 著近内悠太』を読む
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表
第29回山本七平賞受賞
糸井重里氏
伊藤亜紗氏
岸田奈美氏
茂木健一郎氏
山口周氏
絶賛!!
裏
ずっとじぶんでも考えていたことが、別の光をあててもらったような気がして、読んでいて興奮しました
株式会社ほぼ日 代表池井重里
私はすでに受け取っていたんだ。
読むと次にパスをつなげたくなる本
伊藤亜紗
贈与を受け取った時から、私は家族の物語を書きはじめました。
岸田奈美
人間の「こころ」の力動の機微を捉える近内さんのセンスは肌の温かさと機会の精緻さはある。
茂木健一郎
コロナ後の経済は「贈与」を軸に駆動します。
必読でしょう
山口周
表紙にあるキーワード
ウィトゲンシュタイン
資本主義
サンタクロース
アノマリー
テルマエ・ロマエ
コミュニケーション
世界像
アンサング・ヒーロー
シーシュポスの神話
言語ゲーム
恋愛
シェア
プレゼント
つながり
天職
ギブ&テイク
win―win
トマス・クーン
無償の愛
ペイ・フォワード
内田樹
小松左京
東浩紀
シャーロック・ホームズ
著者の述べたいと思える部分(引用)
僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないモノ及びその移動を「贈与」と呼ぶことにします。
必要なのは贈与を正しく語る言葉であり、その言葉を通して、贈与の原理を見出すことです。
著者の引用・哲学者戸田山和久は「哲学は結局のところ何をしているにか」という問いに「哲学の生業は概念づくりだ」と答えています。
では哲学は何のために概念を作るのか。答は「人類の幸福のため」です。と引用している。
つまり言葉や概念は、僕らが幸福に生きてゆくためのテクノロジー、生活の技なのです。
そして幸福な生を実現するためのツールを、僕らは自ら作り出すことができる。
専門のウィトゲンシュタイン哲学からの
贈与の原理
言語の本質を明らかにしたウィトシュタイン哲学
この2つを理解することで、僕らはこの世界の成り立ちを知ることができます。
これが本書の目的です。
と言っているのでこの本ではそれの具体的な紹介となる。
従うべきマニュアルの存在しない個の現代を生きるためには、哲学というテクノロジーが必要なのです。
「爪を立てる
細かく引っ掻く
著者の文から引用
「贈与か交換か」という二者択一」ではなくその両者を混ぜ合わせた、社会を作りなおす道があるんです。
市場経済を否定しない代わりに祈りと創造力が要請される。
祈りとは贈与の差出人の「届いてくれるといいな」という倫理でした
⇒とりあえず交換の場に乗せるために価格をつけたが交換できないモノは数多くある。
疑問
確実に後世にバトンタッチする方法としてシステムを構築し確実に残す方法はないのか?
著者は<資本主義と自由は相性が良い>という。
資本主義を嫌っているのか、それとも不備があると言っているのか?
資本主義は効率性を求めることで格差が生まれたり不平等の下を作ったりする。
自らの欠点を補強するために民主主義と重ね合わさることで折り合いをつけているところがあると考える。
資本主義は民主主義と必ずしも混ざり合わなければならない必然性はなく、国家権力や独裁とも混じり合える。
資本主義が目指しているのみは、単に効率でその効率とは、主従関係や因習から脱皮しようとする挑戦でもあった。
素本主義と相性の相性がいいのは民主主義でその裏打ちが得られないと資本主義は暴走すると考えられないのか?
ここでの個人的意見は資本主義と民主主義が裏表でお互いを補うことで社会の役に立つ。
著者は資本主義で埋められない部分を隙間と呼び贈与で埋めようとする。
物事がうまくいっている時というのは社会基盤とテクノロジーという2種類のシステムのおかげだ(アフターグーグルより引用)と言われるように自由はテクノロジーを創出する母体であり不安定さを基盤としている。
そうした不安定さを社会が許容できるためには弱者救済であったり、再チャレンジできるシステムであったりインフラ基盤としてのシステムが支えてくれる。
そんな2重構造のシステムをそれぞれの立場から構成する以外にない。
自由という不安定さを容認して、求めるのはより効率的な社会それは、よりストレスのない、自己実現できる可能性を高めた社会であり、問題は支えるべき社会基盤よりもテクノロジーの発達が先で、その後を社会基盤の習性が求められることだ。
特に現在のようにパラダイムシフトが起こっている時には、既存の社会基盤は寿命と考えるべきである。
それを変えるのはパラダイムシフトを認識した政治が新しく構築する。
そのために民主主義が存在し、こうした変化の時代に民主主義は試されることになる。
著者はいう
ここまで述べてきた贈与は、現在の世界を覆いつくしている市場原理と一切矛盾しません。
しかし市場経済を否定しない代わりに、祈りと創造力が要請される。
贈与の受取人としての負い目の自覚を持つ人格の事です。
交換を「等価」にして際待ってはダメなのだ。
「不等価」の交換だからこそ、より多くを受け取ったと感じる側が、その負債感を解消すべく地祇なる「贈る」行為への同期を招く。
贈与によって僕らはこの世界の「隙間」を埋めてゆくのです。
この作業を通して、僕らは健全な資本主義、手触りの温かい資本主義を生きることができるのです。
抽象化された<善意の裏>に主従関係を見出すときに交換という平等つまり相手を一人前の独立した人と認められる
今を生きる人全員が、次に生きる人全員に渡してゆくそれは著者の言う負い目を感じたヒトの「贈与」なのか、社会基盤というシステムとして残すのか、考えさせられる問題。
「贈与」という言葉を使って、資本主義の隙間を埋めようとする著者に、資本主義と民主主義の2重構造で挑戦してみた。
なぜか、「世界は贈与で生きている」という題名に違和感があった。
贈与を受け取る人は生まれながらに負い目を感じなければいけないのかという疑問でもある。
その理由について個人的な考え
その昔の人間関係をどうとらえるか大雑把に言うと
モノの所有の変化は搾取と献上と贈与の世界に加えて<交換>が広く定着することで平等の関係という関係が生まれた。
そこに贈与という関係の重要性は限られてきたはずと考えていた。
著者の言う贈与と私の考える贈与では内容が違うらしい。
言葉の定義を決めるのは哲学者の仕事なので、対抗する気はないが
こじんの
社会インフラ、システムとしての環境を後世に残す。
と考えたら著者の言う贈与とどれ位のパーセントで同じ内容になるのだろう。
哲学者対生物学者+コンピュータ学者が<意識>に対するアプローチと同じようなことが<何を残すか>という問いに対しても行われて深まってゆく事を期待する。
おまけ
表紙のキーワードは一つ一つ深みがあって、それぞれ著者と同じ深さで理解するのは難しい。
だからといって最初から挑戦することをあきらめなければならない理由はないだろう。
一つのキーワードを深く掘り下げることによって生涯学習は継続してゆく。
そして生活の中で実践されてゆく。
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています
