「コミュニテイデザインの時代 著山崎亮」を読む
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表
メディアで注目を浴びる新世代の騎手
カラダとアタマでほんとうのつながりをつくる
裏
地域のみんなでまちづくり
こんな面白いうことほかにない
孤独死や無縁社会という言葉が毎日口にされる現在の日本。
今こそ人とのつながりを自らの手で気づく必要が痛感されている。
この時代の声に応え、全国で常時50以上のコミュニティづくりに携わる著者が初めて明かす、住民参加・志向型の手法と実際。
「デザインしないデザイン」によって全員に参加してもらい結果を出すには?
話の聞き方から服装にいたるまで、独自の理論を開陳する。
ビジネスの場でも役立つ。
真に実践的な書。
実践の中から生まれる<知>の典型例を著者は提示してくれる。
研究者は実践的な行動の上に理論を構築する。
地域活動に関心のあるヒトにとって一つのチェック表となる本。
専門知を再考する
爪を立てる
あえて投資家(未来に何を残すかを考えるヒトとして)の目線から考える。
あえて著者に逆らってみる。
寂れてゆく集落の中で孤立してゆく人にその地域における連帯感を感じさせ充実した瞬間を提供する。
悪魔(神)は細部に宿る。
細部から全体を積み上げてゆく手法の提供だとすれば、より大きな集団、行政組織として最大な国とのかかわりなどをザラっとでも描いて見せてくれないと合成の誤謬が起きる可能性を否定できない。
阪神淡路大震災以降、絆と安心・安全を求めた社会が学問的にも行きつくところが著者の実践的行動に示されている。
この人に学んだ人は、どんな職に就くのだろう?
村おこし協力隊の仲介者、それとも村おこし協力隊そのものになる?
著者がよそ者でいるように学んだ人もよそ者で研究者になるほど同じテーマの研究者が必要だろうか?
組織の持つ力それが行政であっても民間企業であってもそこに属する事の中から生み出される実践するヒトは著者と同じように実践するヒトだ。
人を育てる優位性に触れないのは片手落ちではないか?
積み上げることで、社会が良いほうに向うように願うが、合成の誤謬を生まないか?
積み上げる姿勢は俯瞰する知力との合わせ技が必要なのではないか
地域対地域の競争で衰退する地域と、生き残る地域を生むにはゼロ・サムゲームでしかない。
全地域が衰退する位なら著者のかかわった知域だけでも生き残れというのだろうか。
それよりも著者の活動が地域ごとの競争に巻き込んでいるのであれば、そこから得るものは何だろう。
<行政とタイアップして>と言えば聞こえは良いが、ザラッと言えば手先となって地方の安楽死の手伝いでしかない。
2009年発刊の本の題名に「NPOは公共サービスを担えるか」がある。
同じ年発刊で題名「NPOの公共性と生涯学習のガバナンス」というのもある。
10年前の<知>があった。
多くの絆や連帯という言葉とともに研究者も出たはずだ。
その後10年経って起きた3・11からも10年が過ぎた。
この30年で結果は出たのだろうか?
安全・安心を求める社会的風潮は今も強い。
30年経って、皆で貧しくなるという方向性にあえて反旗を翻すとすれば、ウイン・ウインの社会を目指すというのはどうか?
ウイン・ウインの社会を創るにはどうしたらよいのか?
リスクを取る社会、揺らぎのある社会
それを支えるのが安全安心の社会の先を見据えた社会というのはないのか?
大きな組織の中で、自分を鍛え自分のできることを育てている人もいるとは考えないのか?
誰が田舎のインフラを支えていくのか?
新しい富を作る人と、全員の豊かさを求めるヒトの作業分担があってよいのではないか
今の行政が定年延長を企業社会全体に求めているのは、安心安全を追う今の社会構成では維持する力不足と判断しているからではないか?
定年延長は良かれと考え積極的に取り入れられていくのか?
それとも消極的に、そうしないと社会自体が持たないと考えているのか?
この2点の間のどこかに妥協点があるような気がする。
地方に活性化するのにこの本にあるような人に絆がまず必要だろう。
その後、どうするのか?
若い人が定着するには何が必要か?
第一次産業の底辺を支える小作人や漁業・林業の労働者か?
そうではないだろう。
環境を変えるのに必要なのはビジネスチャンスの拡大と規制改革による既得権の順次抹消だろう。
人は生まれたときから何をしたいという意思を持っていることはないだろう。
高校・大学と学んでも、どうしたいとか何をしたいとか強い目的を持ったヒトの方が少なく、その先の環境の中で具現化してゆく人の方が多いと考える。
であれば、教育は人の役に立つスキルを身につけさせ、選択肢を広げてやることが大切になる。
GAFAを生んだのは「ダイバーシティ」と「高学歴」だと言われている。
ならば、地方集落が急に教育に手を出すよりも、好条件でビジネスチャンスを提供することを考えることだろう。
こうして他立ち位置で投資先を考えると、おもしろくなる。
クラウドファンディングでも、共同組合でもいい。
知力と体力に自信があるのであれば大企業との連携も目指せるだろう。
地元の身内だけで解決できる問題ではないことを地方は気付いているのか?
著者がよそ者であることを守り続けることで発言力は一定程度キープできるだろうが、
稼げない地域に人は集まらず、結局補助金だよりになぅってしまう。
良くなりたいと思うところから良くなってゆく。
それ以外のところは周回遅れとなり、へばってゆく。
それは著者の望むところではないだろう。
しかし他地域から人口流入を企画すればそうなる。
残念ながらほかの手段としてはイノベーション以外に私は解決策を思いつかない。
実践行動されている著者を尊敬する。
あえて対立項を出したのは、こんなことを考えている人もいるのではないかと想像しながら理解を深めた。
田舎には、根深い身内意識と既得権があって、簡単に変化を取り入れられないという個人的ないやらしさがある。
それを超えるには著者のような行動を伴った
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています
