「ネットで勝つ情報リテラシー 著小木曾健」を読んで考える
副題 あの人はなぜ騙されないのか
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表
なぜあの人はネットのウソを見抜けるのか
グリーの情報教育部門責任者が送る、超実践的ネットリテラシー入門
裏
情報は「動機」で首謀者がわかる
ネットの「ステマ」は絶対に失敗する
ネットの声なき人は「死人」
ネット炎上を一発で鎮火する方法
その情報は自宅「玄関」に貼れるか?
「ネットで絶対に失敗しない方法」の伝道師が教える、具体的過ぎる情報リテラシー満載!
表紙裏
拡散される「フェイクニュース」「ステマ」「粘着」「炎上」。ネットはウソと悪意に満ちあふれ、気軽な投稿がたちまち炎上する危険な空間…ではありません。
ウソを見破り、悪意かわし、あなたの声を正しく届けるための超簡単テクニックがここにある!情報の「正体」から炎上の鎮火術、粘着の上手な撃退法まで、講演数2000超の「ネットの達人」が送る、ネットで「勝つ」ための情報受信・発信マニュアル決定版。
爪を立てる<勝手な質問>
(P105)に炎上商法に嫌われることなど気にしない鋼鉄のメンタルが必要とありますが、敵と味方をはっきり分けてしまうようなやり方もあります。本当に「まともな議論できる社会」になるのでしょうか?
(P199)そもそも議論なんて、公平でなければやる意味がないのです。
⇒これまで議論とは説得の場というケースが多かったような個人的感想ですが、この先、公平な議論ってありますか?
(P214)ネットは物事を可視化する道具。その人が過去、ネットでどんなことを発言してきたか、もれなく抽出され、並べて比較され、矛盾があれば指摘されてしまう。ネットはダブルスタンダードに手厳しいのです。
⇒そもそも普通の生活では断片的にしか現れない、隠れていた本音が整理されて可視化されるという効率化が図られただけではないでしょうか?例えば政治家の過去の発言などを記者が時間と手間をかけて纏め上げていたので少なかったが、データ分析が効率的にできるようになったので指摘する件数が増える傾向にあるのではないでしょうか?これから、過去履歴のようなそうしたデータを残していない政治家は分析の対象にもなれず候補者としての資格も得られなくするというのが「まともな議論できる社会」の具現化ではないでしょうか?
ネットに対する著者の姿勢はこう書かれています。
(P232)私は政治、外交、国防、憲法、エネルギー政策、ジェンダー論、それに近い界隈については、ごく一部の親しい友人としか話しません。自分の意見は持っていますが、ネットには書きません。お酒を飲みながら、「なんだテメエ、それは違うだろ」と散々言い争った後に「で、次は何飲むの?」という会話がごく自然に成立するような人としか、そういった議論をする気になれないのです。ましてや、ネットで見知らぬ誰かと話すなんて・・・・。
そしてその先の解決しなければならない問題を「まともな議論ができる社会」を目指しているようです。
⇒「皆でまともな議論を始める社会」を目指すにあたって、いつ、だれが始めるのですか?それとも議論する場を作るということですか?
著者のこの本を一億冊くらい売ろうと思いますという熱意伝わります。ぜひ頑張ってほしい。若者だけでなく、今生きている全員の問題としてどうしたらいい?この本を1億冊だけではなく、エビデンスにもとづく議論を始める方法を次の1億冊もお願いします。できればルールみたいなもの出来ませんか?
著者はこの本のなかで情報の送り手と受け手の分断を無意識におこなっているように感じます。本の作成を担うチーム力であることの確認は(P234)にある通り、関係者に感謝を述べています。仲間内とそれ以外をどう融合するのか、ネットの中で新しい信頼を築いたり、強化したりするために多少のリスクを背負っても挑戦する人もいると思います。そんな人へのアドバイスありませんか?
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています。
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