「平成経済衰退の本質 著金子勝」を読む
岩波新書で帯はない。
表紙裏
バブルとバブル崩壊から始まった平成時代。
マクロ経済政策も、構造改革も「失われた二十年」を克服できていないどころか、症状を悪化させてきた。
セーフティネット概念の革新、反グローバリズム、長期停滞、脱原発成長論などをキー概念に、一貫して未来を先取りした政策提案を行ってきた著者による三十年の痛烈な批判。
著者のあげる問題点は一つ一つその通りで、よく理解できる。
と感じるのだが、読後何かすっきりしないものが残る。
例えば、キャッチアップ経済から日本は脱したことはあるのか?
つまりオリジナルで何か先頭に立ったこと、もがきながら失敗の蓄積を糧にする資産はあるのか?
民主党政権時の失望が今の安倍政権の独走を許しても仕方がないと思わせるくらい、失望させてしまったのではないか?
政権や東京電力に責任を取れと言っているように感じるが、こうした場合の責任とはどうとるの?
著者の考える成長戦略の芽はどんなことなのか?
キャッチアップ以上のことが今までできなかったので、下手な鉄砲を無駄に撃っているのではないのか?
その責任は問えるのか?
「新自由主義」が、「無責任の体系」と親和性を持っていたと述べられているがそれは,
あってはならない無責任体質を勝手に新自由主義に押し付けているのであって、新自由主義の問題は、セーティ・ネットを政治がどのように準備できるかではないのでしょうか?
など、数々の質問がわいてきます。
その理由は、私の頭の中で、著者に挙げた問題の優先順位と重要度が計りきれないからです.
納得できることに関しては具体例を出しません。
何故なら多すぎるからです。
それは「問題の認識」であって、「解決策」ではない。という声が聞こえそうな・・・・・
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています。
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