「<問い>の読書術 著大澤真幸」を読む

 

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漫然と読んでも意味がない!

仮説を立てて頭を鍛える

学問も読書も本質をつかむコツは「補助線」のひき方!

問題提起が脳を進化させる

l  ただ読むだけの人と活用できる人の差は問いの立て方にあった!

l  市場はなぜ道徳を締め出すのか?

l  日本人が消費しない真の理由とは

l  「KY」の呪縛から逃れられるか

l  未来の他者との連帯は可能か

l  諦めると幸せになるのか

l  なぜ男と女(だけ)がいるのか・・・・・etc.

 

表紙裏

夜斐本は回答ではなく<問い>を与えてくれる。

本の中に眠る<問い>という鉱脈を発見しよう!

たくさん読む必要はないが、深く読む必要はある。

<問い>が促すままに施行すると世界が広がっていく。

思考を触発し続ける25冊の愉悦。

とあるように著者大澤真幸が朝日新聞デジタル「ブック・アサヒ・コム」「本の達人大澤真幸が電子書籍を読む」の再構成とのこと。

この25冊選定にあたっては出版時期に関係なく、自由に選び、次数に原則制限なしで書いているので内容の紹介、批評的コメント、そこから発展した著者の考えを書くことが出来たと前書きにある。

 

あとがきに

ご自身の本を書き、本書の慣行に際して、まず御礼意を申し上げるべき相手は、やはり、それぞれの本の著者の皆さんであり

この世界に送り出してくださったこと、これが世界を確実に豊かにしてきた、その豊かさの証言の様なものの一つとしてこのレビューがある。とある。

 

帯裏の質問に興味ない場合、この本の相性は悪いです。

 

「「正義」を考える著大澤真幸」を読んで残っていた部分を消化するためにもう少し大澤真幸という人を知ろうとこの本を選びました。

下線は引用

それぞれの文化は自らの中にその文化の中に回収できない残余の部分を持っている。(P259)

(普遍性)は「私は何かである」というときの「何か」には回収できない残余にこそ依拠する(P263

普遍性が成りたち、それを根拠に人は連帯できるのではないかと述べてきました。P262

 

文化にも個人にもある「その残余」とは具体的にどんなモノか具体的に気持ちが強くなります。

 

そして歴史に関して、失敗とかあれでよかったなどという「理性の狡知」に関しては、生物学で言う、とりあえず、目の前の問題に対する選択肢があれば、「エイヤーでいって」たまたま生き残っている種があるだけで全滅でも不思議はないと同じこと?

生物が「生き残る」のと歴史的は勝てば官軍と同じような意味?などと考えていた。

 

さてそんな正義について考えている大澤真幸とはどんな人(価値観、感性etc.を持った人)なのかを知ろうとしたときこの本を探し当てた。

一般的にネットで履歴、作品を調べるのもよいが、アウトプットしている情報よりも、どんなインプットがあるのかに方が重要なのではないかと考えている。

それは前に紹介した本棚を見せてほしい。

それがかなわなければそっと著作の引用文献だったりする場合がある。

人はどこからか収入を得なければならないので、仕事として評論を書いたり、義理で推薦をしたりすることもあり、統一した人格などある筈もないので判断は難しいが、この本の場合、著者の意思が尊重されているということなので、大澤真幸その人を知る良い機会になると考えられる。

大物だからそんな必要はない?

イヤこの世界はあまり広がりがないと感じているのであえて言うことにする。

 

この本のポイント

大澤真幸という人のインプット内容を知りたいという好奇心に答えてくれる内容。

著作物は年代順に読む事でその人の好奇心・深化の動きが理解できる

25冊の書評がある(読者がその本を読みたくなれば著者の目論見成功、私個人には成功している)

 

全体を通して

もう少し深く大澤真幸という人の著作に取り組みたいと思う内容だった。

こういった書評をコンスタントに書いている人が、相当数存在すればもう少し世の中わかりやすくなるかもしれない。

個人の情報公開(アウトプット・インプットを含めて)あると助かります。

そんな方法を考えています。

本を介して大澤真幸の言う「残余の部分」を作り上げることはできないですか?

 

 

信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています。

 

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